「だから俺は、反対したんだ」 「わかっていますよ、九郎。こうなることを恐れていたのでしょう?」 「あぁ、そうだ。あいつらは望美と違って・・・、覚悟ができるとは到底思えなかったからな」 「それは僕も同じです。ですが、彼女は頑として譲らなかった」 「・・・妙な安心感と、自信」 「おや?九郎も気付きましたか」 「気付かないほうが可笑しいだろう、あれは」 「ふふ、そうですね。・・・彼女、さんには揺ぎ無い自信があった。まるで、自分は絶対に死なないと豪語するかのような、そんな確信が」 「そんなことあるはずがないだろう、全く。・・・甘すぎる」 「さんの勢いに押されて折れてしまった君も、ですよ」 「・・・それは深く反省している」 「それならいいでしょう。・・・問題なのは、」 「、か」 「えぇ。あの時の彼女は、尋常じゃなかった」 「・・・、・・・俺はあの時にあぁしたことが正しかったのか、わからない」 「・・・仕方ありません。僕でもあれが正しかったのか、わからない。でも、思いつく限りではあれが最善だったはずだ」 「そう、なのだろうか・・・」 「わかりません。そう、思うしかないでしょう」 「・・・あぁ」 「あとは、・・・さん次第です」 聞こえてきた会話は、自分に関することだった。いくら寝かされていた部屋から離れている場所でとはいえ、無用心だなぁ、と思わずにはいられない。まぁ、あの二人はまだ自分が寝ていると思っているからこそのことなんだろうが。そもそもついさっき目が覚めたところだから誰も自分が起きているとは知らないだろう。しかしお茶を飲みながらする会話ではないなぁ。 そうぼんやりと思いつつ、二人から丁度死角となっている廊下の曲がり角から静かに離れてもと来た道へと戻る。できるだけ足音は立てずに離れたから気付かれてはいないはずだ。気付かれていたらあんな話、するわけないだろうし。のたのたと歩きながら寝起きの目を擦る。後頭部が痛いが寝すぎのせいであろう。いまが何時かわからないが、相当寝ていたようだ。あの戦は夜で、いまは太陽が真上を陣取っているし。もしかしたら二、三日ほど経過しているかもしれない。 「・・・あったまいた」 ずきずき痛む頭に顔を歪める。ぐらり、と捩れた視界に眉間を押さえるようにして手を当てた。目を閉じれば見える戦場。地獄絵図。その中心に立っている自分。倒れているを見下ろして何を思う?悲哀?失望?絶望?・・・喜び?あぁ、確かに夜を背負って立っている自分は全身血塗れで、笑っている。 「ちゃん?」 声に反応して反射的に振り返れば景時が目を丸くして立っていた。目が合えば驚いたように更に目を見開いてしばしの間、互いに見つめあう。ぼんやりと景時を見上げながら何を驚いているのだろう、と不思議に思った。 「・・・こんなところで立ち止まって、どうしたの?ていうか目を覚ましたんだね。みんな心配してたよ?」 「あ、はい。さっき起きました。ありがとうございます」 あぁ、そういえば自分が起きたことは誰も知らないんだったか。そう思い至り、軽く頭を下げた。下がった目線の先には取り込んだらしい洗濯物の山がある。真っ白な布。目に痛くて僅かに眉を寄せた。 「じゃあ弁慶に知らせないとね」 「あ、自分でいきます」 「駄目だよ、さっきまで伏せってた人にそんなことさせちゃ朔に怒られちゃう」 「・・・相変わらずですね」 「うっ、ま、まぁとにかく!ちゃんは部屋に戻るか、ちゃんのところにいってあげるといいと思うよ」 でてきた名前にびくり、と肩が跳ねた。 「・・・生きて、ますか」 「うん、無事だよ。どっちかっていうと、ちゃんの怪我のほうが重傷だったんだ」 小さく呟いた声にすぐさま反応が返って来た。先ほどの過剰反応はばれていなかったようで内心胸を撫で下ろす。、、生きていた。生きている。これほど喜ばしいことはない、けど。 「・・・自分、部屋に戻ります。まだ少し、きつい、ので」 「あ、じゃあ送るよ」 「いえ、もう、すぐそこなので。景時さんはその洗濯物をどうにかしたいいと思います」 「・・・そう?」 どこか納得のいかない顔の景時にはい、とだけ答えて背を向けた。いまはまだ、会えない。なんとなくそう思った。 △▽△ その背中を見つけたときは本当に驚いた。どうみても目の前にある後姿は伏せっているはずである彼女のもので、泣いているように見えたから。 俺は気を失った後の彼女しか見ていないから知らないけど、九郎たちの話によるとそれは酷い有様だったんだそうだ。阿鼻叫喚の地獄絵図。まさにその言葉が顕現したかのような光景だったらしく、彼女がいたという場所を見たとき、正直、俺もそう思った。重なる死体。充満する血と死の臭い。その中心に座り込んで泣いていたらしい彼女。一体彼女は何を思って泣いたのだろう。血塗れで、閉じられた目から流れ続けていた涙を拭いながらきっと初めて人を手にかけたことに対してなのだろうと、そう思った。思っていた。ついさっきまで、は。 名前を呼べば過剰ともいえるほど素早い反応で振り返った。見えなかった顔が見えて、目が合い、あの時勝手に思ったことは間違いだということに気付いた。目の奥に揺らいで見えた感情は、恐怖。そして彼女は怯えていた。絶望し、失望し、恐怖し、怯えていたのだ。それと同時に自分を嘲笑し、蔑んでもいた。何故。瞬時にそう思うが彼女の感情はすぐさま鳴りを潜めてしまい、くしゃりと歪んでしまっていた顔は無表情へと変化した。それでも隠し切れない感情は目の奥でひっそりと揺らいでいて、見間違いではないと雄弁に語りかける。もしかしたらとんでもない間違いを犯したのではないか、と一瞬にして背筋が冷えた。しかももう後戻りすらもできるかどうかわからないなんて。 去り行く背中を眺めて踵を返す。弁慶に、九郎に、会わなければいけない。それも早急に。洗濯物になど構っていられない。事態は、そう、更に複雑になってしまった。これは危険だ、危険すぎる。培ってきた経験と直感がそう訴えていた。 「弁慶、九郎!」 いや、でも、待て。 「どうしたんだ、そんなに慌てて。もう少し静かにできないのか」 危険だからこそ、無闇矢鱈に周りには知らせないほうがいいんじゃないのか? 「景時?一体どうしたのです。僕たちに何か用でもあるのでしょう?」 「・・・うん、ちゃんがね、目を覚ましたんだ。部屋にいると思うから、後で診てあげて欲しい」 心臓が五月蝿いくらいに稼動している。にこり、と笑みを浮べる顔が引きつらないよう気付かれないよう細心の注意を払った。 「あぁ、やっと目を覚ましたのか」 「それほど疲れていたということでしょう。景時、わざわざありがとうございます」 安心したかのように息をつく九郎、微笑む弁慶。どうやら気付かれていないようだ。弁慶は、もしかしたら気づいているかもしれないけど、弁慶なら自力で気付くだろう。彼女の状態を。そしてそれを俺が知っているということを。 「それじゃあ俺は洗濯物を片づけて譲くんを手伝ってくるね」 そういってさり気なさを装い、その場から離れた。相変わらず心臓が五月蠅い。頭の片隅で誰かが叫ぶ。これでいいのか。知らせなくていいのか。もしも彼女が、狂気に触れてしまったら。 「…っ」 俺はこの時の判断が正しいものなのか一生わからないだろう。 << (2009/04/11/) |