親友に左右される期間限定の平穏




 くるりくるりと、小太刀を回す。親指の付け根あたりを軸にして、ペン回しの要領で回してみた。思いのほか上手く回せたもんだから、この重さにも慣れたもんだなぁとぼんやり思った。くるりくるり、小太刀が回る。

ー」
「なにー?」
「短刀の扱い、もう慣れた?」
「ふつー」
「んじゃあちょっと手合わせしてよ」
「やだ」

 即答で否定する彼女は最近はまったという本に夢中だ。数日前に自分が見つけ、後で読もうと梶原邸の書庫から持ち出してきたものだったが、が興味を示したので貸してあげたのだ。それは見事の心を射抜いたらしく、一心不乱に読み続けている。ヒノエとの約束は破るわけにはいかない、というか破るはずがないので毎日の鍛練には出向いているが、それ以外は何部作かに分かれている本を読んでいた。おかげでここ最近は放置されていて、鍛練以外では余裕のある時間を過ごさせて貰っている。
 それはありがたいといえばありがたいのだが、に貸した本は読みたくて借りてきたものだ。薬学に関する本を読み終わったあと、楽しみに取っておいたものである。当たり前のように読んでいないし、読みたい。弁慶に貸し出された本を読み終わってしまっている今となっては、貸してしまったことが悔やまれるほどだ。
 ちらり、と人の問いかけにすら視線を上げずに読んでいるをみる。まだ半分も読めていないようで、思わずため息をついた。はこの時代の文字を読めても慣れてはいないから一冊を読むのに時間がかかっているのだ。仕方ないこととはいえ、もどかしいったらありゃしない。こんなことになるなら、貸さずに先に読んでしまえばよかったかなぁ。譲から調達してきたであろうお菓子を頬張りながら読みふけっているを横目にため息をつきつつ、小太刀二本を持って立ち上がった。

「ちょっといってくる」
「いってらっしゃい」


△▽△


「望美さんいますか?」
「先輩なら庭にいますが、どうかしたんですか?」

 ひょい、と台所に通じる居間を覗いてみたら案の定、譲がいた。台所に立って夕飯の支度だろうか。すっかりおさんどんだよなぁ、と思いつつもなんでもない、と戸口から手を振って玄関へと回る。庭、ということは鍛練の途中なのだろう。都合がいい。いつもよりきつめに靴紐を締めて、望美がいつも鍛練している庭へと向かった。

「望美さん」
「あ、さん。今日はさんと一緒じゃないんですね」

 休憩中だったらしい望美は縁側に腰掛けて、白龍と一緒にお饅頭を食べていた。にこり、ときれいでいて可愛らしい笑みを浮べた望美に非常に微妙な笑みを返しながら、差し出されたお饅頭に礼を述べて受け取った。そんなにいつも一緒にいたかな。・・・いるよなぁ、よく考えていれば。そのほうが都合が良いからなんだが、一括りにされるのは微妙だなぁ。ぱくり、とお饅頭を頬張れば控えめな甘みが広がって、ついつい顔が緩んだ。

「・・・お前は本当、美味そうに食うな」
「実際美味しいんですからいいじゃないですか、九郎さん」

 望美の斜め前ぐらいに立って話していた九郎があきれたようにいう言葉にはそう言い返し、二口目を食べる。美味しいなぁ。すごく幸せだ。甘味の素晴らしさを噛み締めながらもう一つ、と手を伸ばせば九郎に頭をなでられた。不思議そうに見上げるが九郎は笑うばかりで、望美も白龍も微笑ましそうに笑っている。一体何事か。きゅっ、と眉を寄せながらも二つ目のお饅頭を頬張った。あぁ、美味い。

「おいしい?」
「美味しいよ。白龍も食べなよ」
「ううん、これは、がたべて?」
「え?いや、いいよ、白龍が食べなよ」
「いらない?」
「そうじゃないけど・・・」
「じゃあ、たべて?」

 にこりと笑っていう白龍は卑怯だと思う。そんな純真笑顔満開でいわれて断れるはずがない。全く可愛いなぁこの神様は。へらり、と笑いつつもきちんとお礼を述べて、ついでとばかりに頭を撫でながら受け取った。嬉しそうに笑うから、もらった側だというのにこちらまで嬉しくなってしまう。白龍から頂戴したこのお饅頭はありがたく美味しく頂こう。

「・・・それはそうと、何か用事でもあったんですか?」
「ふぁ、ふぉーたっあ」
「ちゃんと飲み込んでから言え」
「ひゃい」

 味わいつつも若干急いで咀嚼して、胃袋へと送り込んだ。九郎がまた呆れたような顔をしているが気にしない。気にするだけ疲れるから放置しておけばいいのに、案外世話焼きだよなぁ。
 手についた粉を舐めながら腰に差してある小太刀に手を置いた。

「望美さん、手合わせてしてくれません?」

 腰に差してあった小太刀二本を引き抜き、ぐいっと突き出すように見せ付けた。九郎も望美も目をまん丸にして小太刀と自分を交互に見ている。反論は聞かない、とばかりに笑ってもう一度頼んだ。

「望美さん、お願いですから手合わせしてください」


△▽△


 鈍い金属音が鳴り響く。一回二回、三回と続く音は鳴り止まず、絶えず繰り返される攻防は一進一退、ほぼ互角といえるだろう。いや、そうじゃない。望美が自分に合わせてくれているのだ。ついこの間から武器を持ち始めた自分が何度も戦場へと赴いている望美に敵うはずがない。これは手合わせ。戦場でも命の駆け引きでもなんでもない、ただ己の力量をぶつけ合う手合わせだから、望美にとっては本気をだすまでもないということだろうか。いつもあの野郎に本気でぶちのめされて来ていたから、こんな風に人を先導するような手合わせは初めてでありがたいことではあるのだが、これはこれで腹が立つものがあるよなぁ。こっちのことを考えて、なのだろうけど。しかしこんな器用なことができるぐらい腕が立つということは、やはり望美は何度か跳んでいると確信してもいいかもしれない。そんなことを考えながら振り下ろされる望美の刀を受け止める。女の子とは思えないくらいに重い攻撃に思わず舌打ちした。重たいよちくしょう。互いに睨み合うかのように見つめあいながらの力比べは互角。でも、多少自分の分が悪い。戦うからには勝ちたいが、どうしたものか。いや、勝てないことをわかっているのだが、あっといわせるようなことをしでかしてやりたい。・・・いや、無駄に考えながらやるのはやめよう。基本的に自分は本能型だ。直感に従えば良い。
 一合二合と打ち合いながら一旦弾かれるようにして距離を置き、すぐさま懐に踏み込んだ。多少バランスが崩れている望美の左側から薙ぎ払うように打ち込む。やはり防がれてしまったが、もう片方の小太刀をさらに打ち込もうとすれば距離を取られた。そうはさせまいとばかりに更に踏み込んで下から小太刀を振り上げる。これも見事に防がれたが、刀と刀が衝突した瞬間に手を離して小太刀を捨てた。がくん、とバランスを崩す望美を他所に小太刀を左から右へと持ち替えて振りかぶり、勢いのままに振り下ろす。

「・・・っぶな」
「ふふ、参りました」

 にこり、と笑ってそういう望美の肩には寸でのところで止めた小太刀がある。なんとか止められてよかった。ていうか防御ぐらいしようよ望美さん。そう内心冷や冷やしつつ膝をついてしまっている望美にごめんね、と苦笑交じりで謝って小太刀を引いて鞘に収めた。かちん、という音がすると同時に糸が切れてしまったかのようにその場に座り込む。むしろ倒れこんだ。荒い息がつらい。

「っあー、きっつー」
「大丈夫ですか?」
「あー・・・平気平気。それより、ごめんな。もう少しで切る所だった」
「あぁ、気にしないでください。大丈夫ですから」

 荒い息を整えながらさほど疲れてはいないというように笑う望美に苦笑した。自分と手合わせする前は鍛練していたはずで、自分よりは運動量があったはずだ。なのにこの余裕。歳喰ったなぁー、と思う瞬間である。少しは体力つけないと。そう思いながら一度大きく息を吐き出して、立ち上がった。縁側では白龍と並んで険しい九郎が座っている。白龍は癒しオーラ全開なのに、すごい差だなぁ、とぼんやり思った。

、最近習い始めたのか?」
「え?あぁ、はい、そうですけど・・・。やはりわかりましたか?」

 望美に手を貸してやりながら突然の九郎の問いに答える。不思議そうな視線を向ければ九郎は大きくため息をつく。なんのこっちゃ。

「全くどいつもこいつも・・・。どうしてそう、手を汚したがるんだ」
「いや、別に汚したくはないですけど、望美さんたちと行動するには自分の身ぐらいは守れないと危ないじゃないですか。だからですよ」
「俺たちが守る。だから別に武器なんて持たなくていい」

 あぁなんだこの無駄に格好良い御曹司は。思わずときめいてしまった。どうやら自分は、案外ベタなことに弱いらしい。いや、弱いというか、普通にこれは格好いいぞ御曹司め。

「・・・えー。いやです。守られてばかりというのは好きじゃありません」
「お前の場合、守られていたほうがいいと俺は言っているんだ」
「嫌です」

 にこり、と笑って全否定したら睨まれた。はっきりいって、かなり怖いのですが。怯えつつも笑顔で応戦していると、隣にいる望美が仕方ないとばかりにため息をついた。

さん、九郎さんは心配しているんですよ」
「え?あぁ、うん、わからないわけではないですよ。この間まで刀すら持ったこと無い人間がいきなりってことですし」
「そうですけど・・・、それだけじゃないんです」

 いい難そうな望美の言葉に、首を傾げる。きょとん、と間抜け面を晒して見上げた望美はどこか寂しそうで、切なげな笑みを浮べたけど目の奥の感情までは読み取れなかった。とても深く、暗い。それだけが読み取れた。

  「まぁ平気ですよ。それなりに覚悟はしてますし?死なない程度にがんばるつもりですから。全然大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

 ぱっと目を逸らして矢継ぎ早に言葉を並べた。なんだかとても、怖かったのだ。

、」
「あ、もうそろそろ夕飯ですね。望美さん、手合わせありがとうございました。またしてくれると、ありがたいです」
「・・・そうですね、私でよければ」

 声が震えないように、迫り来る焦燥感に、えもいわれぬ感情に気付かないように、逃げるようにして畳み掛けた。気付かれないように拳を握って、ぱっと振り返る。にこり、と笑みを貼り付けて望美にありがとうございます、と答えた。先ほど顔を覗かせたものは、一切見えなくなっていた。

「では、また後で」

 そういい残し、手を振ってその場を離れる。駆け出してしまいたかったが、それは不自然だからやめておいた。奥歯を噛み締めていまだに収まらない、湧き上がる得体の知れない感情に耐える。叫びだしてしまいたい衝動にすら襲われるそれは、体験したことのないものだった。



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(2009/02/15/)