「別れるんだ?」 「うん。別に私たちが引き合わせなくてもそのうち会うでしょ」 熊野で遭遇したって別に構いやしないし。そういうはまだなにか企んでいそうで、保険として牽制するような視線を向けても素知らぬ顔をされるもんだから困ったものだ。先が思い遣られるとばかりにため息をついた。 △▽△ ヒノエと遭遇して数日。自分たちはヒノエの指導のもと、あのお姉さまに与えられた武器の扱いを習っていた。自分は屋敷にいる誰かに習っても良かったのだが、が逆ナンしてヒノエとお茶したときに何故かヒノエに教えて貰う方向へと誘導して、毎日会う約束を取り付けたのだ。あのときの手腕はさすがというか、話を振ったのは自分からだったが、そこからあそこまで持っていくがすごい。己の好きなものにかける執念とは凄まじいものだと逆に感心してしまった。我が友人ながらすごい人だ、本当に。 「ねぇヒノエくん。博打に勝つコツってあるかな」 「そりゃもちろんさ。知りたいかい?」 「うん、教えてくれるなら」 ぼんやり思考を飛ばして突っ立っている自分の傍で武器の扱いを習いに来たはずなのに何故か博打について話し合っているのはヒノエとだ。なにをしてるんだか。今日も天気がいいなぁ。青い空をみてなんとなく思った。 「暇そうだね、姫君」 「名前で呼べっていったじゃん」 嫌そうに顔を思いっきり歪めてやったらヒノエは面白そうに笑った。ついでとばかりにも笑っている。お前だって同じ反応しただろうに。顔にださなかっただけで。ため息をついた。 「暇っちゃ暇かな。ヒノエはと話してるし、しかも小太刀は扱ったことないからいまいちわからないとかいわれるしでやることないんだよね」 「それは悪かった。一応、武芸十八般とまではいかなくても大抵のやつは扱えるつもりだったが、小太刀は、な。たまたま手を出してなかったんだ」 すまん、と、そう申し訳なさそうにいわれてはこちらが申し訳なくなる。無理をいってお願いしてるのはこっちだ。だからヒノエが気にすることないんだけど、どうも自分は言葉が不自由である嫌いがある。困ったように視線を泳がせて、頭をかいた。 「いや、こっちがお願いしてるからいいよ。むしろの得物が得意分野でよかったし。一応自分はあてがあるから、その人に教えて貰えるよう頼んでみる。に専念してやってよ」 「そうかい?がそういうなら構わないが・・・、是非とも俺が手取り足取り教えてあげたかったね」 「そういうことはにいってやってくださーい」 「え、御免被る」 やはり盛大に顔を歪めてに振ってみれば本音が零れ落ちた。いや、ヒノエの口説きに対しては最初からこんなものだったけど。目を丸くして、次の瞬間には面白そうに笑むヒノエには口角をゆるりとあげて、にやりと笑う。 「むしろ、腰取り?」 ヒノエ、生きて帰って来てください。 △▽△ 呆気にとられているヒノエとその傍で怪しく笑うと早々に分かれて、ヒノエの無事を希望的観測で祈りつつ梶原邸へと歩いた。リズ先生はまだ屋敷にいるだろうか。きっと先生ならば、まぁ大丈夫だろうと思う。頼みを聞いてくれるか、わからないけど。むしろ、断られる確立のほうが高いような気がする。今現在ではまだ、自分たちは怪しい人物だ。望美に身柄を保証されているとはいえ、は弁慶が目を光らせているというし、この分では九郎や景時も実際何を思っているかわからない。リズ先生など最初からわからない。とりあえず観察されている、らしい、ということには気づいた。だから、微妙だ。微妙すぎる。いまだにと二人で行動することが多いし、信用を得たとは思えない。そんな人に、もしかしたら神子に仇なすかも知れない(するつもりもないしむしろ手助けしろっていわれてるし)人に剣術を教えるだろうか。自分だったら教えない。自分でさえ即座に答えを出すのだから、先生のような聡明な人は間違いなく同じ答えをだすだろう。うわ、絶望的じゃん。全て推測で憶測でしかないのだけど。 あーぁ、と深くため息をついて、手に握り締めた小太刀をみる。何を思って渡されたのか。いや、全然わかるんだけど。あの人(と呼んでいいのかわからないけど)がいうには、引っ掻き回してどうにか大団円を迎えろという話だ。その手段の一つとしてが、これ。あと他にも手荷物に悪戯を加えられたし、やりたい放題である。よくも当人たちを丸無視してあそこまで振り回せるものだと呆気にとられてのはいうまでもない。まぁでも、所詮ゲームであるし、死ぬことはないご都合主義だ。死なないのならどうこういうつもりもないし(ていうかいえないし)、楽しもうとさえ思う。なのに与えた武器の扱いは自分たちで覚えろとか、妙にリアルすぎるだろ。ご都合主義ならそのへんもご都合主義で通していただきたいものだ。そっちのほうが面白そうだろ、なんていわれた時にはこの人は自分のやりたいことしかやらないのだな、と二人で悟った。悟りの境地を開いた。開くしかなかった。もう諦めるしかない。あの人にとっては物語を面白くする手駒でしかないのだ。自分たちは。そのことに気づいても呆れたようなため息しかつけなかったのだけど、いまのところ問題はないからそれでいいと思う。手駒、というところが気に入らないが。 「・・・ん?あれ、」 つらつらと思考を巡らせながら歩いていたせいか、いつの間にやら桜が満開なところに迷い込んでしまった。基本的に自分は方向音痴であるから気をつけてはいたのに、これは迂闊だった。道を覚えていないぞ、と困ったように前髪をかきあげれば風が吹き、花びらが舞う。あぁ、この風景、スチルでみたな。たぶん白龍とのイベントでくるところじゃないだろうか。一人で花見かよ。なんて寂しい。またため息をつけばより一層強く風が吹き、花びらが盛大に舞った。光景は物凄くきれいなんだけど、髪が乱れ顔にかかって鬱陶しい。これでは現代ではみれないだろう満開の桜が舞い散る風情ある絵のような景色がみれない。若干イラつきながらも再度髪をかきあげれば、舞い散る桜の中に、人が一人。気づかなかった。ていうか、どこかで、みた、覚え、が。 「クッ・・・そんなに眺めて、見惚れてでもいるのか・・・?」 あなたの存在に心底驚いているんです。なんて口からでてくるわけもなく、緩慢な動きで振り向き、自分でさえ気づいてしまう壮絶な色香を纏わせた銀色の人は、何が可笑しいのか口元に笑みをたたえたまま近づいてくる。いまだ舞っている桜とその人があまりにも似合わないのに、どこか一枚の絵としてみえるのは、きっと美形でネオロマだからだ。そんな思考にしか行き着かない自分に失望するが、それどころじゃない。思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいの。って誰にだよ。 「おやおや、そんなに熱く見つめられては、さすがの俺も、照れてしまいそうだ・・・」 そういって目を丸くして凝視する自分を軽く笑い、頬へと手を伸ばす。ごつごつした手のひらが頬を撫でたかと思うとすぐにその感触はなくなり、髪を梳いて離される。この間にも目の前の人は男の癖して酷く妖艶な色気を漂わせ続け、口元の笑みは崩れない。すっ、と細められた目と共にさらに濃くなったように思えた色気に反応して押し黙るように口を真一文字に引き結び、目を丸くしたまま一歩下がった。ときめくとか色気にやられるとか、そんなのじゃなくて、何故だか、すごく逃げたくなった。その心情を読み取ったのかどうなのか、軽く片眉を上げて面白そうに離れた分の距離を詰め、顔を覗きこんでくる。肩を大きく揺らせてまた一歩下がった。というか、それ以上体が動かない。動けっての。 「おい知盛。なにやってんだよ真昼間から。しかも往来で」 「有川、か・・・」 咄嗟に声のした方に視線をむければ呆れ顔のあの人。有川将臣。そのことに絶句する。声をかけられた時点で尋常にない色気は霧散して、仏頂面になる人を、なんて呼んだ?マジデ?なんでここに。今度は完璧に思考が停止して、近づいてくる将臣や知盛を凝視することしかできない。そんな自分を放置して、将臣は知盛に盛大なため息をついていた。 「いくら暇だからって人を襲うな、人を」 「お前がいつまでも来ないのが悪いんだろう・・・」 「待ち合わせ場所から移動しやがったのはどこのどいつだ?」 「さぁ、な・・・、お前じゃないのか?」 「お前だよお前。とぼけんなっての」 そういえば、から聞いたことがある。第二章で会う将臣は誰かと待ち合わせしていたっぽいと。そしてそれって知盛なんじゃないだろうか、という妄想・・・、いや、憶測も。いやまさかそれが本当だったなんて。そんなまさか。そんなまさかこんなご都合主義。ありえない。呆然と、不毛な会話を繰り広げる二人を眺めた。 「あーもう埒があかねぇ」 「そもそも、有川が・・・」 「わかったわかった、俺が悪かった」 頭を掻き毟って言い募る知盛をあしらって、将臣はいまだに棒立ちな自分に向き直る。後ろで憮然な表情でいる知盛などお構いなく、申し訳なさそうに目を合わせて口を開いた。 「あー・・・、うちのやつがすまなかったな」 「・・・いえ、」 言葉がそれだけしかでなかった。目の前にいる人は間違いなく、画面の向こう側で見ていた人で、その後ろの人もそうで、それがわかって、信じられない。将臣だけならわかるけど、なんで知盛までいるわけ。 「なにか、されたか?」 「あ、いや、はい、」 「されたのか?」 「ちが、そう、じゃなくて、」 ふらふらと目を泳がせる自分を不思議に思うのか、将臣は眉を寄せて目をむけてくる。それに気付かないほど、自分の頭はぐらぐらしていた。混乱していた。あーもう、まさか、ねぇ。まさかそんな。 「そんなあり得ないあり得ないよまさか平知盛とかと違うよね譲の兄さんとかそんなちょっえぇー」 「え?」 どこか焦ったような心配そうな表情から一転して、驚き戸惑いの表情に変わったことに気付いて目を丸くする。そしてまた、気付いた。自分の発言の迂闊さに気付いた。いくら思考停止状態だからってなにもぐるぐる頭の中を巡っていたことを口にだすことないのに!どんだけ迂闊なのか!馬鹿か!自分自身に絶望した!やってられねぇ!!思わず目を更に見開いて、将臣と互いに見つめあう。あっちもどう動けばわからないようで、目を丸くしたまま互いに凝視していた。相変わらずの美形、じゃなくて、いまなら誤魔化しが聞くかもしれない。よし、誤魔化して逃げるならいまだ。逃げろ自分。逃げの一途に思考を定めて口上を頭フル回転で考え口を開こうとした瞬間、横から抑揚のない声が割り込んだ。 「どうやら、話を聞く必要がありそうだな・・・有川」 この野郎おぉぉぉぉぉおお!!内心絶叫である。視線をずらせば目が合い、笑みを浮べられた。この野郎、と口元に緩く弧を描かせるが、目は知盛をきつく睨みつけている。まんまと逃亡を防がれたということが丸わかりだ。そこまで思考は働かなかったけど。笑みと睨みの応酬に将臣の視線がいったりきたりしていたが、きゅ、と眉を寄せて深くため息をつき、自分と知盛の肩を叩くようにして掴んだ。 「お二人さん、そこまで。んで知盛は人で遊ぼうとするな」 「つまらん・・・」 「つまらんもなにもないっつーの。そっちは話、聞いてもいいか?」 「・・・はい」 顔を軽く俯かせ、是と答えた。そう答えるしかなかったっていのもあるし、逃げるのも面倒になっていたのだ。大体、本当のことをいっても差し支えはないのだ。よく考えてみれば。ただ、全部をいわなければそれでいい。落ち着いてきた思考でそこにたどり着き、顔をあげた。口八丁手八丁、詭弁を駆使して長年育ててきた猫を被って切り抜けてやる。 「・・・有川、茶屋にでもいくぞ」 「そうだな、ってお前、腹が減っただけだろ」 「クッ・・・人を疑ってばかりでは、疲れてしまうぞ、兄上・・・」 「いや疑ってねぇから」 人に構わず無視して前を歩きだした知盛を見て、やはり切り抜けられないかもしれない、なんて思った。だって、なんか、通じなさそうだ。いろいろなものが。直感で生きてる、とまではいわなけど、見抜かれそうだ、と。これは変なこといえないぞ。背筋に嫌な汗が伝い、そういえばこの間もこんな感覚味わったな、とぼんやり思い出した。 (全く・・・けったいなことになったなぁ) 桜が風に揺られて、自分たちを見送っていた。 << >> (2008/03/21/) |