結局手を繋いだまま帰れば数人かに目撃されて、驚かれたり興味深げに眺められたりした。視線が痛いったらありゃしない。一番困ったのは、の意地悪い顔。この落とし前、どうつけてくれるんですか弁慶さん。 △▽△ 「あんた、なにやってんの」 「読書」 見ればわかるだろうにわざわざ問いかけてくるに簡潔に一言で言葉を返した。ぱらり、と頁をめくって手に持った本を睨みつけるようにみる。昨日、帰って来てから弁慶に頼んでみたのだ。本を貸してくれ、と。趣味が読書だといっても過言ではない自分はそろそろ何か読みたくなっていたし、ついでだから薬学に興味があったからできれば薬草関連のものがいいとまで伝えてみた。それに嫌な顔せず貸し出してくれた弁慶の本心は知らないが、まぁ読書できることだし気にすることもないだろう。弁慶が選んでくれた本の内容を真剣に目で追い、作った表と見比べる。 「それは?」 「景時さんの協力の下に作ったあいうえお相対表」 戸口に立っていたがすぐ隣に腰を落ち着けて、目で片手に持つ表を指した。やはり簡潔に応えて、真剣に見比べる。昨日のうちに借りた本を嬉々として開いてみたのだが、この時代特有の流し文字というか崩し文字というのか、とりあえず文字が、現代の文字に慣れていた自分では読めなかったのだ。全くといっていいほど。愕然としたものだったが、すぐに気持ちを切り替えて適当に人を探し、一番初めに見つけた景時に協力を仰いでこの表を作った。はい、とに差し出して渡してみれば、興味深げに眺めている。 「さすが景時さん、字、きれいだねぇ」 「だよねぇ、頼んでよかったよ」 返された表を見て、自分の文字の隣に並んでいる文字をみる。本当に、読めないし相変わらずみみずのはった跡にしか見えないけど、すごくきれいだと思う。趣味だったかなんだったか忘れたけれど、文字云々に関しては全く理解できない自分にさえそんなことを思わされるのだから、さすがとしかいいようがない。一頻り感慨に耽ってから読書に戻るためにまた、本へと視線を落とす。 「ってちょっと、」 「いま読書中だから。昨日の顛末は一つ残らず話したから。話させられたから。もう面白い話なんてないからねー」 本から視線をあげずにいう。そう、昨日の夕飯のあと、弁慶と過ごした午後を全て一つもらさず話させられたのだ。自分が弁慶に不審要素を追加していないかの確認のためであったのだろうけど、まずそれよりも自分と弁慶が手を繋いで帰ってきたということのほうに興味を示していたのが丸わかりだった。いくら成り行きだ偶然だと言い張ってもにやにや笑いっぱなしでどうしようかと思ったものだ。思い出すだけでため息がでる。そうしていると本を取り上げられた。なにしくさってんだ。 「それはもういいよ、根堀り葉堀り聞いたし」 「うん、だから本返して、」 「六波羅、いくよ?」 本読みたきゃついて来いや、と輝かんばかりの笑顔が語っている。短い沈黙のあと、本を人質にとられたのなら仕方ない、と盛大にため息をついて重い腰を持ち上げた。それをみては満足気に笑う。全く、人の弱点になり得るものをよく理解している。末恐ろしい人だ。がっくりと肩を落としての後ろに続いた。幸せが逃げていくよ、というの言葉を受けながら、またため息をついた。 △▽△ ほぼ日課になっている六波羅探題捜索。もはや別当を探すのはあきらめて午後の散歩と化しているのは気のせいじゃないはずだ。はあまりにもやることがないから、と散歩しているだけなのだろうし、実際隣で鼻唄を歌いながら歩いているから間違いはないだろう。初日のあの、獲物を狙う鷹のような鋭い目をしていないし、のんびり風景を楽しんでいるように、みえないこともない。といってもほぼ毎日通い詰めている場所なのだからただ散歩を楽しんでいる、と解釈したほうがいいのだろう。ちらり、と横目でを確認して軽く息を吐く。三日目とはいえ、隅々まで探した。それでも痕跡すら見つけられない別当殿はさすがとしか言いようがないが、探す身としては厄介この上ない。大体自分もも気分屋の飽き性だ。三日はよく持ったほうだろう。自分としてはどうせ後で仲間になるんだし、と最初からあまり探す気などなかったが、別当殿にご執心なのはのほうだ。しかしこの様子だと、もう、ヒノエを諦めたのだろうか。 「ぅ、きゃ」 「ってぇ!」 ぼんやり思考を飛ばしていれば隣からなにやら声があがった。擬態しているのかなんなのか、実に女の子らしい声を上げたは困ったかのようにぶつかったらしい人を見上げている。さすが、見事な猫かぶり。か弱い女の子にしかみえないぞ。 「す、すみません」 「それだけですんだらぁ、世話ぁねぇなぁ」 「ぎゃはははは」 がっしりとの腕を掴んで笑う男を見上げて、絡まれてるのか、と理解した。しかもが可愛いもんだから、鼻の下が伸びているようにみえる。たぶんきっと、間違いないだろう。現代風にいうならば、チンピラのナンパってところか。あ、そういえば自分、こういう状況に陥るのは初めてだ。どうしよう。 「あの、でも、ぶつかっただけですし、」 「こっちはいてぇ思いしたんだぜ?」 「・・・聞こえなかったというのならもう一度謝ります。ごめんなさい」 やばい。がキレ始めている。こっちもぶつかって痛い思いしてんだよとでも思ってそうだ。いや、確実にそう思っている、はずだ。あぁ、やばい。長い念付き合ってきた自分だからわかることかもしれないが、いまのは現在進行形で機嫌が急降下している。この状況はやばい、やばいすぎる。ぶわ、と嫌な汗が噴き出た。血の気が下がり、青白い顔で目の前の男たちを見上げるが、そのことに気づいた様子はない。やばい。荒事にはならないようにはするだろうけど(なんていったって自分らは現代人だ、荒波立てず上手く潜り抜ける術ぐらい身に付けている)、相手の方がその気はなさそうだ。むしろこの展開、連れ込まれてっていう、お決まりのあれじゃないですか。のほうももう怖いくらいなんだけど、この状況も真剣にやばくないですか。あぁ、どうしよう 「おいおいおっさんたち、姫君たちになにしてるんだい?」 後ろから割り込んだ声に反応して、というかむしろ台詞と声音に反応して振り向いた。赤い髪。呆れた表情。それでも浮べている、余裕のある笑み。え、ちょ、いまご登場? 「ぁあ?てめぇ、誰だ、ぐほぉあ」 「え?」 ご登場なさった探し人に気を取られていると、後ろから変な声があがった。咄嗟に振り向くと同時に横をすり抜ける。目元には涙。・・・涙あぁぁああ?!! さらに身を翻して向き直る。 「怖かった・・・!!」 そういって涙を飛び散らせながら(何かの少女漫画かと思った)意中の人にがっしり抱きつくは涙目で、震えている。ありえない。ありえない。なにしてるんですかさん。頬がひくり、と引きつる。その光景を放心気味に眺めていれば目を丸くして両手を上げた体勢で固まっている別当殿と視線がかちあい、思わず頭を下げた。なんだか、すごく、申し訳無い。 「ありがとうございます・・・、すごく、怖かったんです・・・」 「あ、あぁ、それにしちゃ、見事な下段廻し蹴りだったね、姫君・・・」 後ろを確認すれば太ももの裏を押さえている男を連れて急いで引き下がっていく男たちがいた。目があえば怯えたような声をあげられて、無性に申し訳なくなる。そんな哀れな男たちを見送る中で聞いた会話の限りでは、が逃がしはしないとばかりに抱きついているあれが別当殿だと気づいたようで、そんな人との下段廻し蹴りを喰らって一目散に退散したほうがいいと判断してとのことみたいだ。ちんぴらながらに中々いい判断だと思う。自分だってそうする。ていうか後ろから痛いくらいに突き刺さる視線から逃げたい。 「あの、名前を聞いてもいいですか?」 なにその躊躇いがちで喜びに満ちた声。薄ら寒い。 「・・・もちろんだとも、姫君。オレはヒノエ、姫君の愛らしい名も・・・聞かせてくれるね?」 さすが熊野男。躊躇いがちにも口説きやがって。 「私はです。できれば、名前で呼んでください」 あぁ、姫君だなんて寒いもんな。 「そうかい?じゃあ、、少し頼みがあるんだ」 「なんですか?」 「・・・少し落ち着いて、腰を据えて話をしないかい?」 「話だけでなく、お茶しませんか?」 あぁ、今日は天気がいいなぁ。 << >> (2008/03/04/) |