きれいな空をみたけど、


 人の裏を読むことにはそれなりに自信がある。交友関係においてそれなりに泥沼を経験してきたからだ。というよりも読めなければ生き残れなかったというほうが正しい。進学するたびにそんな泥沼の中に身を置き続ければ自然と人の裏を読む術が成長するのは当たり前のことで、いまでは笑顔でしらばっくれることとか本音を隠すこととかも容易くできるようになった。は自分と違って生まれ持った適性のようなもので自分より人の裏を読むことができるし利用することもできる。最初はその腹黒さにどんな泥沼を経験してきたものかと驚いたものだったが、聞けばほとんど経験したことがなく元からあの腹黒さだったらしい。いや、基本的につるむ人たちがみんな腹黒かったために自然と身に付いたのだろう。数年前に知り合った友達が実はの幼馴染で、その人は自分の腹黒さを格段と濃くしてくださった方がいたから、この考えは間違っていないだろうと思う。この人と十数年つるんでいればそりゃ腹黒くなるよな、と失笑を禁じえない人なのだ、あの人は。あの人といれば自分はまだまだだなぁなんて思わされるからすごい人だと思う。それでも自分はそれなりに人の裏を読んで生きてきた人間だったから、大抵の人の感情を読み取り本音を隠し相対している人に自分を合わせたりして諍いを避けたり思惑を潜り抜けられると、思っていた。

「おねぇちゃぁーん!」
「え、ぅ、ぎゃあああ」

 でも、たかが数年泥沼に身を浸してきたからといってそう思うこと自体が驕りだったのだ。

「おやおや、情けないですねぇ」
「・・・だったら弁慶さんも喰らってみたらどうですか子供数人における突撃を」
「僕はまだ配り終えていませんので」

 見事ひっくり返った自分を見下ろす弁慶に、子供たちを腹の上に乗せて下から恨みがましそうにそう返してみれば笑顔でしれっとそういわれた。じろり、と軽く睨んでみれば弁慶は笑顔で手を振って去っていく。ちくしょう絵になるな。視界は逆転したまま弁慶の後姿を見送った。
 時刻は昼過ぎ。と日課となりつつある六波羅探索を終えてから弁慶と共にこの、寂れた界隈にやってきた。たしか五条の外れ、いや橋があるから五条大橋なのだろう、ここは。記憶が曖昧なためによく思い出せないが。それにしても空が青い。
 とりあえず溜め息をついて腹の上に乗っかる子供たちを無視して起き上がった。子供たちは楽しそうにころんころんと転がり落ちていく。それなりに痛いだろうに、子供とはなんでも遊びにしてしまうものだ。自分も昔、ベッドの上でプロレスごっこなどといいながら姉を頭からベッドに叩きつけていたことを思い出した。もちろん、自分も姉にされたけど、痛いというよりは楽しくて姉と共に爆笑していた覚えがある。子供とはいつの時代でもたくましい。

「おねぇちゃん!!」
「げはぁ」

 ぼんやりと思考を巡らせていれば二度目の突撃を喰らった。起こした上体は逆戻り、今度は頭を強打して泣きそうになった。そんな人の気も知らずに子供は人の腹の上で笑顔でいる。なんて憎らしい。

「おねぇちゃん!」
「な、なにかな・・・」
「遊ぼうよ!」

 やっぱりか。子供が顔を輝かせていうことなんて限られている。見事なたんこぶができあがっている後頭部を抑えながら腹の上に乗っかって遊ぼうーよー!などと喚いてゆらゆらゆれている子供に視線を合わせた。腹が痛いからやめて欲しい。

「あのね、まだやること終わってないからいますぐには無理かなー・・・」
「そんなこといってお前、最後には遊んでくれないんだぜ!」
「疲れたからとかいって逃げるんだろ!情けねぇー!あはははは!!」

 この糞餓鬼ども。ひくり、と頬が引きつった。

「無理はよくないよ、あたしたちだけで遊ぼうよ」
「ちぇっ、つまんねぇの」
「おねぇちゃんってばおばさんだなぁー」

 ぶつん。何かが切れる音がしたような気がする。笑みを保ったまま、腹に乗っかる子供が降りる前に立ちあがった。ころんころんと転がる子供は驚いていたが知ったことか。頬を引きつらせたまま額に指を押し当てる。

「虎とか豹とか、獲物を狩るときはどんなに小さくても全力で狩りに挑むらしい。これは狩りなんて物騒なもんでもくなく遊びなんだけど」
「何が言いたいのさ、おねぇさんは」
「この私が全力でお前らの相手してやるよ!!」
「ぎゃぁぁ!逃げろー!鬼がくるぞー!!」
「誰が鬼かあぁぁぁぁぁあ!!」

 満面の笑みで走り出す子供たちに叫んで追いかけた。大人気ないとも思うがそれこそ知ったことか。後頭部のたんこぶの恨み、晴らさせていただく!

「さぁ一番最初に川にぶち込まれたいのは誰だ!!」
「にっげろー!!あはははは!!」

 無駄に逃げ足が速くてすばしっこい子供たちを追いかけるのに一生懸命で、子供とじゃれて駆け回る自分の姿を眺めていた視線には気づかなかった。


△▽△


「あー・・・疲れた」

 結局、子供たちを追い掛け回して今日が終わった。自分に与えられていた薬の分配は終えていたし、子供たちがいらない気を回して一段落ついたころに突撃をしかけてきたからそんなに支障はでなかったが、やはり手伝うと申し出たのにあまり手伝わなかったなんて本末転倒もいいところだと思う。あぁでも、あまり弁慶と話す機会が少なかったからの言いつけはなんとか守れていたはずであるし結果オーライといえばそうなのかもしれない、がやはり自分の気性からからどことなく心苦しい。あまり話さなかったからといって不審要素を追加していないとは限らないし・・・甚だ不安だ。かなり地に戻って騒いでいたもんだからふとした拍子に不審要素を追加していたかもしれない。ぐるぐると巡る思考に、大きく溜め息をついた。

「大分お疲れのようですね」
「あぁ、はい・・・まぁ、いい年してあんなに子供たちと騒いだから」
「君はまだ十分若いでしょうに」
「いや、そうでもありませんから」

 足取り重く、夕焼けに染まる道を歩く。隣を歩く弁慶は和やかに微笑んではいるけど、それだけだ。今日数時間ほど一緒に行動していて感じたことだが、どうもこの人は己の思考を人に読まさせない。それはわかりきっていたことだったけど、こうも全く、全然読み取れないとは思っていなかった。まるでここ数日探し回っている別当殿のようだと考えて、あぁそういえばあの二人は血縁関係だったか、と思い出した。忘れていたわけではないけどこんなところで二人が血縁関係である事実を実感するとは思い至らなかったのだ。人って面白いなぁ、とぼんやり考えているといきなり腕を引かれて体が傾く。

「ぅお」
「人にぶつかりますよ」

 その言葉と同時に、先ほどまで自分が歩いていたところを人が通った。隣の人と話をしながらだったらしく、あちらは自分に気づかずにそのまま歩いていく。間一髪だ。ぼんやりと楽しそうに話すその人を見送って、体勢を立て直した。

「ありがとうございます、弁慶さん」
「いえいえ、君は少し抜けているようですから気を配っておいてよかったです」
「え、あー・・・わざわざすみません・・・」
「謝ることではありませんよ。君のような可愛らしい子に気を使える僕のほうがありがたいくらいですから」

 申し訳なさそうに笑っていた頬が引きつる。なんだこれ。謙虚になにいってんだ。お得意の笑顔で一体なにをほざきやがってんだ。眼科いってきてください。思わずそういいかけて、やめた。とりあえず笑っておく。

「えーと、ところで弁慶さん」
「なんですか?」
「手、離してください」

 ちらり、と視線を繋いでいる手に送る。先ほど人を避けるときに腕を引かれて掴まれたのはいいが、何故かそのまま手を繋いで歩いているのだ。いつの間にか。あまりにも自然すぎて数秒気づかなかった。なんてさりげなくこんなことする人なんだ。さすが熊野が生んだ腹黒色魔。侮りがたし。

「僕と手を繋いでいるのはいやですか?」

 ずるいきり返しだと思う。

「いえ、そんなわけではないんですが、」

 困ったかのように目を泳がせた。笑顔で先を促す弁慶は本当、性質が悪い。人に己を読ませないのに、自分は読み取って遊んだりからかったり、本当に性格が悪い。あぁ、なんか、もう、どうでもいい、かもしれない。

「あー・・・もう、いいです。大人しく手を繋がれています」
「ははっ、そうですか。役得、ですね」
「どちらが?」
「もちろん、僕が、です」

 にこり、と綺麗に微笑む弁慶をみて、本当に一体何を考えているのかわからなかった。どんなに表情や目から心情を読み取ろうとしてもできない。見事に覆い隠されている。そのときそのときの感情しかわからない。思惑が、わからない。黒い人って本当にやりにくい。ここまでの人は初めてではあるけど。頭を掻きながら溜め息をついた。梶原邸まで、もう少しかかる。

「今日の君は、本当に楽しそうでしたね」
「そうでしたか?子供って結構苦手な部類に入るんですけど」
「そんな風にはみえませんでしたよ。君は考えと行動が直結しないようだ」
「大抵の人はそんなものじゃないですか?」
「ふふ、そうかもしれませんね」

 空はそろそろ薄暗い。今日の夕飯はなにかなぁ、とぼんやり考えながら手を引かれて歩く。それにしてもこの人、低体温だ。元々自分は体温が高めな人間だから、どこか落ち着いた、人より低い温度が心地よい。

「そういえば、君は薬師の仕事に興味があるのですか?」
「え」
「手渡した薬を興味深げに眺めていたましたから、」
「あー・・・ばれました?」

 指摘されて目を泳がし、誤魔化そうかなぁなんて一瞬思ったけれどはぐらかすほどのことではないし、素直に頷いておいた。実はどのような製法で、どのような効用があるのか気になっていたのだ。この時代の薬といえば薬草とか、漢方とか、その辺のはずだ。粉末にしてあるこの薬は、どうやって作られたのか興味があった。まさか、それが、ばれていたとは。なんだか弁慶の前では何事もばれてしまうような気がして、何処か焦る。

「ということは、やはり興味が?」
「はい、まぁ、多少は。薬って、偉大ですから」

 人を治すことができるもの。苦しさを取り除いてあげるもの。延命できるもの。例え一時でも、希望が見出せるもの。希望というものがあれば、人は、生きることができる場合もあったりするのだ。それでなくても、まだ、幸せに、生涯を終えることができる。それはすごいことだと、思う。薬というよりも、治療が。治療できる人が。本当に。

「・・・そんなことは、ありませんよ」
「え」

 聞こえてきた言葉に、咄嗟に隣をみる。弁慶は何処か真剣な眼差しで、体全体を夕陽に染めて前を見据えていた。いつもの笑みなど、どこにもない。どこまでも深い瞳が揺れる。あぁ、初めて、奥を、覗かせた。

「僕が作る薬など、些細なものでしかありません。大きな奔流に押し流されてしまう」
「・・・そうですか?」

 何故かみていたくなくて、自分も前をむいた。夕焼けがきれいだ。紅と宵の色が混ざる、優しい色。包み込むような優しさ。あぁ、なんだか切ない。知らず知らずのうちに繋ぐ手に力を込めていた。

「そんなことないと思いますけど。薬をもらって、治療してもらって、快方へと向かう人もいるんですし」

 おなか減ったなぁ。

「薬もそうですが、治療できる人も偉大だと思います」
「何故ですか?」
「治すことができるからです」

 くぁ、とでそうになる欠伸をかみ殺した。梶原邸の門は見え始めている。そろそろ繋いだ手を離したほうがいいかなぁ、とさりげなく引き抜こうとしたら逆に手を握りこまれて思わず弁慶を見上げた。なにしてんですか。

「君は面白いですね」
「はぁ・・・よくいわれます」

 にっこり笑う弁慶に力のない、どうでもいいような声で返せばまた笑われた。それと同時に握る力が強くなって、もう一度弁慶を見上げたけどやはり笑うだけだった。









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(2008/02/07/)