聞きたいことがあります。だれですか。


 夢を見た。

『よぅ。さすがに二度目となるとめんどくせぇから説明はなしな』

 長い黒髪を軽く後ろで束ね、異国風の服を纏った色気が漂うグラマーな女の人はにやりと笑ってそう言い放つ。意味がわからずに呆然と見上げていればぱちん、と指を鳴らして視界はブラックアウト。

『あっちもこうすりゃ良かったかなー』

 なんのことだなんのこと。


△▽△


 どす、という鈍い音と腹部の鈍痛で目が覚めた。声すら出せずに悶絶していれば隣で寝ていたは見事に避けたらしくなんだこれ、と不思議そうに呟いている。寝ていたのに何故避けられたのか問いただしたいが、聞いたって無駄のような気がする。息を吐き出すように咳をして掛け布団の上に落ちてきたものを手に取った。

「・・・黒塗りの、刀?」

 つるりとした感触の、鍔のない二本の刀。長さから推測するに小太刀というほうが正しいかもしれない。恐る恐るではあるが抜いてみればやはり列記とした刃物だった。かちん、と音をたてて急いで鞘に収めてのほうを見れば同じように刃物を持っている。自分が手にしたものよりは短かったから、短刀と呼ばれるものだろう。どちらかといえば懐刀というよりは短剣というほうが似合っているような刀だ。何故こんなものが、と疑問に思うと一瞬だけ頭が痛くなり、事態を把握する。

「・・・、」
「うん、わかってる。あんた、あの女の人と会ったでしょ」

 頷けば私もだよ、とまだ頭が痛いのか額に手のひらを押し付けて憎々しげに舌打ちした。自分だってそれなりに痛いのではあるが、頭痛と一緒に流れ込んできた情報のことを思えば頭を抱えていられない。どういうことだこれは。本当に。勝手に都合がいいような役目を与えて、死なせないために武器を持たすとかいっておきながら扱う術は自分たちで学べとか。たまたま偶然故意にではなく巻き込んだのならば元の世界へ返してやろうとか、そんなことを思わないのか天帝とかほざきやがったあのお姉さまは!
 ぐっ、と力を込めれば掴んでいた刀の冷たさが手のひらに浸透していくのがわかった。黒い刀を見下ろして、これで人を殺すのだろうかと考えると気持ち悪くなった。こんな冷たいもので人の命を奪うのか。自分にそんなことができるのだろうか。この間は軽く言い合っていたけど。
 第一に、二度目ってなんだ二度目って。前もこんなことしたというのか。なんて傍若無人な。神様だからといってやっていいことと悪いことがあるんだぞちくしょう。

「ま、昨日の今日で武器が手に入るとは思わなかったけど運がよかったね」
「え、そういうもん?」
「そう思わなきゃやってらんないっつーの」

 そうやって忌々しげには吐き捨てた。いや、まぁ、そうなんですが。深く溜め息をついてとりあえず刀を床に置く。夢と、頭痛が伴った情報と、あの天帝とかいう人と、役目と。整理しようにもいろいろ曖昧な部分が多いしなによりあの人の気まぐれにより与えられた使命とでもいうような命令のような頼みごとのような言葉を思い出すだけで腹が立つ。確かにこの世界にこれて楽しいし嬉しいのではあるが、帰れるのならば帰りたい。ここは現代からきた自分たちにとって厳しすぎる世界だ。望美たちもそうなるのだろうけど所詮ゲームキャラ、話の流れですんなりと順応していくし適応していく。そうなるよう決定づいている。そんなものが一切無いのに、ぬるま湯につかってきた自分たちにとっては辛すぎるというものだ。

「なにしてんの
「ん?え、」
「ご飯いくよー」
「わかってる!」

 ぼんやりと考え込んでいればさっさと身支度をすませたらしいが戸口近くで待っていた。いやいや、いくらなんても早すぎるよ。考えることないのかよお前、なんて思いつつもちょっと待ってーといいながら寝床を片付けた。ばさばさと勢いよく着替えようとするがいまだうまく着替えられない自分を不憫そうに(その視線はやめてほしい心底)眺めながらもはぼんやり立っていた。手伝いとかそういうことはすでに諦めている。
 よし、と身支度を整え終わり寝巻き代わりにしている単をたたもうと手にしたところでこつん、となにかが転がり落ちた。ころころと転がっていくそれはの足元で止まる。

、なにそれ」
「指輪ー。やっぱりもあったんだね。あ、あんたのは黒龍だ」

 意味がよくわからない。そう顔にでていたらしくは私もみつけたんだよこれ、といって首元から鎖に繋がった指輪を引き出した。近くまで見に行けば白く龍が描かれた幅広のシルバーリングだ。それの対になるかのように黒く描かれた龍が刻んである同じようなシルバーリングは自分のものであるらしい。こんなもの持ってなかったはずなんだがなぁ、と受け取れば思い出す、というか与えられた情報が頭に流れでた。相変わらず一瞬の頭痛が伴うそれに眉を寄せながらも差し出される鎖を手に取る。
 要するに、抑制装置なんだそうだ。自分たちの力の、未知数な、わけのわからないような役目が持つ力の、制御装置。最悪首から吊っとけということらしいが、絶対に指にははめないということを見越してのことなんだろうか鎖まで用意してあるとは周到なことだ。間違いではないけど。溜め息をつきながら鎖に指輪を通して、首にぶらさげた。悪い、と一声かけながら既に廊下で待機していたの隣に並んで歩き出す。

「ごめん、待たせた」
「ほんとにねー。私おなかすいたよ」
「はいはい、さっさと食べに行こうか」

 青い空。少し冷たい空気。ぎしぎし音をたてる廊下。何事もないいつもの朝。なのにどこか憂鬱になるのは仕方なのないことだと思う。本当にもう、一体どうなってんだ。


△▽△


 いろいろ考えることが多すぎて譲のおいしいだろう食事がほとんど味わえなかった。いつものことながらさぞかしおいしかっただろうに勿体無い。味わえなくて申し訳なかったご飯よ。あぁ譲のご飯はおいしいのに。本当に勿体無い。始終眉を寄せていたのか隣に座っていたから顔やばいよ、という言葉とともに肘鉄を貰っていたのだがなかなか直らなかったらしく仕舞いには諦められてしまった。もちろん聡い人たちが気づかないわけもなく、どうしたのかいろいろ聞かれたが夢見が悪かったとだけ答えた。夢見が悪かったのは本当であるし嘘ではない。だからどこかの誰かさんに不審要素を追加することもないだろう。全く面倒な。
 弁慶と二言三言話してから心配そうな望美から逃げるようにと外にでた。からんころんと下駄を鳴らしながら六波羅への道を歩く。

「そういえば弁慶さんと出かけるんだよね」
「うん、そう。さっきそのこと話してた」
「ふぅん」
「朝は仕事あるらしいから昼からいきましょうってさ」
「精々楽しんできてねー」
「・・・迂闊なことしそうで正直あんまりいきたくないんですが」
「そういう話に持ち込んだんだあんたが悪い」

 笑顔でそういいきるにそりゃそうだけど、と肩を落として溜め息をついた。いま思えばあのときから迂闊だったのかもしれない。迂闊にあんなことをいわなければ、もう少し考えて発言すれば、せめてを巻き込んでおけばよかった。いまさらこんなこといっても仕方ないことなのだけど、どうしても思ってしまうのはまだ信用されているという確信が持てないからだ。隠し事も多いし別行動も多いから当たり前のことなのかもしれないけど。にいわせれば自分は鈍いらしいし無用心であるらしいし迂闊であるし。あの弁慶にぼろをだすな、だなんて、なんの高難度任務だ。無理だよ無理に決まっている。あの時は楽しみにしていたのに、深く考えてみれば憂鬱だ。

、ついたよ。落ち込んでないで私のためにヒノエくん探しなさい」
「・・・おっけーわかりましたよさん」

 に頭を叩かれてなにかにぶつかりそうになったのを回避して、息を吐き出した。いまから考えてもどうにもならないことだ。そう、いま考えたって無駄だしそのときにならなければわからない。なるようになるだろう。思考を放棄しての後ろについていく。方向音痴っていうのも考え物だ。少しは道を覚えなければ。

「そういえば押し付けられたあれ、誰に習う?」
「ヒノエくん」
「あーはいはいあんたはそうだねーそういうとわかりきってたよ」
「見くびらないで下さるさん。私のは短刀、ヒノエくんのは・・・まぁ短刀に近いでしょ?だからだよ」
「湛増愛を語るなら武器の名前くらい覚えてなさいよ」
「あんたは覚えてるの?」
「薙刀」
「あんたは覚えやすいよね!」
「九郎さんは太刀だしー将臣は大太刀でー敦盛は杖。景時さんは陰陽術式銃だったかなー」
「あんた・・・もう少し違うところでその記憶力を発揮したらどうなのよ・・・」
「無理だね」
「うわっ即答っ」
「あははは、基本興味のあることしか覚えませんから」

 呆れたように視線を送ってくるに笑い返して、一回りしてしまった六波羅を振り返り溜め息をついた。これだけ探しているのに見つからない。いくらなんでも裏で動きすぎてませんか。大分時間もたったことであるしの集中力と持続力が切れ始めるころだったから休憩と称して道のすぐ脇に座りながら行きかう人を眺めた。もちろん、ヒノエ探しの一環でもある。

「・・・んねぇ」
「なにさ」
「武器の扱い、習うじゃん?」
「そうだね」
「つまり戦うってことになるよな」
「そうだね」
「戦わないっていう選択肢もあるけど、自分らの場合はがっつりやるでしょ?」
「そうだね。、いいたいことはっきりいいなよ」
「死ぬのかなぁ」

 行きかう人の声。雑踏の音。降り注ぐ太陽の光。遮るような影。風の音。まるで無音の世界みたいだった。

「死なないでしょ」

 やけに大きく響くの声は平淡で、別になんでもないことをいうような感じだった。当たり前のことをいったまで、それが当然であるかのようにいってのけた。それを横目で眺めつつ、そうだよなぁ、と呟いた。

「死ぬわけないよねぇ」
「当たり前じゃん」
「だよねぇ、所詮これってあれじゃん?」
「そうそう。都合いいようにできてるようなもんでしょ」
「ご都合主義ってこともないけどそれなりにはねー」
「そうそう。だから死ぬわけないって」

 別に計ったつもりもなかったけど声が重なる。風に攫われた言葉は誰にも聞かれることもなく、相変わらず青い空がそこにあった。

「ゲームなんだし」

 そうして座り込んだまま六波羅探索二日目は終了をむかえた。









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(2007/11/05/)