あのあと適当に出かけてみれば、丁度良く市が立っていたためにやはり適当に買って昼ごはんをすませた。市はそれなりに活気があって食べ物も美味しく、おまけもしてくれたりと人の優しさに触れたような瞬間だった。チカの巧みな話術が炸裂したっていうのもあるのだが。本当にこの子はすごいと思う。 頼んだ量より多めにおまけしてくれた干し果実を食べながらぶらぶらと京を散策して、脳内地図を作成してその日は終わった。 「ただいまー」 「ただいま」 「あ、おかえりなさい、ふたりとも」 「あ、のんちゃんもおかえりー」 「おかえりなさいー」 日が沈む前に帰ってくればすでに望美たちも帰宅しており、帰りを迎える言葉をいわれたのでも自分も同じように返した。庭で鍛練をしていていまは休憩しているのだという望美に、九郎さんに会えたのかと問えば、京を散策していたら一日が終わっちゃいましたと笑顔でいわれた。 おいおいおいおいそれでいいのか神子様。 なんてチキンな自分が突っ込むことなどできるはずがなく、口を噤めばがうまく話にのって雑談へと興じる。立ち話もなんだから、と縁側に座り置いてあった茶器に中身があるのを確認して、お茶を湯飲みに注ぎ望美に渡した。差し出した湯飲みと自分の顔を交互に不思議そうにみられて、無言で差し出したのがまずかったか、と気まずそうに視線を泳がせれば最終的にへとたどり着くがはそ知らぬ顔で傍観体勢へと入っている。確実に気づいているんだろうから少しはフォローしてくれたっていいんじゃなかろうかとは思うが、それをされては熱でもあるんじゃなかろうかと逆に心配になってしまうかもしれない。ならないほうがいいのかもしれないのだけど。 いい加減腕が疲れるためになにか適当に話して渡そうかと、あー、と声をだせば望美は湯飲みを受け取って、ありがとうと満面の笑みで礼を告げた。それに顔が緩んでノックダウン気味にたじろげばすかさずがさりげなく肘鉄をわき腹に喰らわせて割り込んできた。肘鉄を喰らったところを押さえ悶絶するがは放置、望美はどうしたのだろうかと不思議そうな視線をむけながらと話をしている。 自分の立ち位置って一体。痛むわき腹を押さえて物悲しくなってくる。自分のにやける顔は実に怪しいので止めて貰ってありがたいことではあるのだがそう思わずにはいられなかった。雑談に興じながらも、望美から今日一日の行動をさりげなく聞き出して情報収集をしているを横目で見ながら息を吐く。そんなこと考えたって結局は無駄で敵わないのだから、なるようになるのだろう。 「・・・、もお茶飲む?」 「飲むー、よろしく」 「はいよ」 最近ど突かれまくっているせいなのか早々に復活して立ち上がり、湯飲みをとりにまず玄関へと回った。門を超えてからすぐ脇の庭に足を運んだために来た道を辿れば玄関につく。そこからの台所への道は覚えているから問題はない。 「、っと」 「あぁ、すみません」 角を曲がったところでだれかとぶつかりそうになり、寸前で衝突を避ける。視界にちらつく黒い布と降ってきた声にだれだかわかるが、反射的に顔をあげてしまい内心戸惑った。 「、いえ、こちらこそすみません。前方不注意でした、以後気をつけます」 弁慶さん、と名前を呼べばにっこり笑い。 「君みたいな可愛い子にぶつかって貰えるなら、前方不注意も悪くないですね」 ひく、と顔がひきつるのがわかる。自分を可愛いだとは、眼科にでもいってきたらどうですか。と言い返したいがそんなことできるはずもない。なぜなら自分はチキン。小心者だ。見た目も中身もよりも真っ黒な人に言い返すことができるはずもない。恐れ多すぎる。 「は、はぁ、そうです、か。それでは、」 「なにか急ぐ用事でも?」 「・・・いえ、」 弁慶のことはすきだがやたら絡んできてはからかわれるのには少々、いや、かなり疲れるのだ。先ほども肘鉄を喰らったばかりであるし肉体的、精神的被害は最小にとどめておきたい。そんな打算からさっさとすれ違おうとするが弁慶は何故かそれを許さず、引き止められてしまった。急ぐといえばいいのだが、なんだかそれも言い出しにくく、というか笑顔で圧力をかける弁慶には言い出せない。 「、弁慶さんこそ、自分になにか用事でもあるんですか?」 「そうですね、特にはありませんが少し話でも、と思ったんです。迷惑でしたか?」 「いえ、とんでもない」 申し訳なさそうにいう弁慶に、反射的にそう答えてしまった。 ぶっちゃけてしまえば弁慶は自分の好みなのだ。ど真ん中だ。そんなに人に話をしませんかと誘われて迷惑だなんて思うはずもない。たとえそれが計算だとしても、たとえ中身が真っ黒だとしても、たとえ多大な精神的打撃を受けたとしても。迷惑だとは、本気で思うが普通の雑談ならば願ってもないことだ。それに最初から自分で遊ぶとは限らないのだから、疑ってかかるのもよくない。 よし、と考えを入れ替えて、ちょっと湯飲みをとりにいくんで歩きながらでもいいですか、と聞けば、つきあいましょう、という言葉が返ってきた。そしてふたり並んで歩き出す。 「しかし、どうして湯飲みを?」 「さっきから望美さんとが縁側で雑談してるんですけど、望美さんのぶんの湯飲みしかなかったんで」 「あぁ、それでですか」 「はい」 「君は話していなかったんですか?」 「あー・・・自分、基本口下手で人見知りなんで、まだそんなには」 いまもいっぱいいっぱいなんです、といえば弁慶はそうはみえませんね、と笑う。そうみえなくてもいっぱいいっぱいなのは本当なのだ。ただ窮地に陥れば陥るだけ表面にでないだけで。かなり焦ってはいる。それをあっさり見抜いているだろうに、弁慶は性質が悪い。 「だから人懐っこいがすごいと思います」 「君も、見る限りではそういう印象をうけましたが、」 「ああ、それはただ単に混乱してひたすら話しているだけなんで人懐っこいわけではないです。いまがいい例ですね」 「おや、いまも混乱していましたか」 「まぁ、ぶっちゃけてしまえば」 できるだけいらないことをいわないようにしてはいるのだが、この混乱して焦っている状態ではなにを口走るかわからない。自分たちが抱える秘密を悟らせるわけにはいかないから、いまの状態がひどく怖かった。 「そんなわけでいま大変なんですよ」 「そうですか」 「そうですよ」 会話が一区切りついたところで台所にたどり着いた。運悪く台所には誰もおらず、いまきた自分と弁慶しかいないために湯飲みはどこにあるのか聞くことが、この、何気に気を張っている状態から逃げることができない。気づかれないように息を吐いて、湯飲みがどこにあるのか知りませんかと弁慶に尋ねた。 「それなら知っていますよ。いま出しましょう」 「ふたつお願いします」 にっこり笑って、わかりましたという弁慶の後ろ姿を眺める。雑談だけだったというのにこの疲労感はなんだろうか。いつぞやかみたいにからかわれたわけでもなく、本当に当たり障りのない会話だったのに何故だかひどく疲れた。こんなになるほど気を張っていたというのか。 気づかれないように深呼吸して肩の力をぬく。少しだけとはいえ話をして、さり気なく圧力を感じる弁慶にも大分慣れてきた。焦る気持ちがなくなったわけではないが先ほどよりは落ち着いている。これで少しは口が滑る確率が減るはずだ。 差し出された湯飲みふたつを受け取り、礼をいう。そして、いきましょうかと弁慶に促されてまた並んで歩き出した。 「今日は朝餉のとき以来見かけませんでしたが、どのように過ごしていたんですか?」 「あー、そうですね、と一緒に京を散策していました」 「散策、ですか」 「はい、京をぶらぶら、結構歩きましたよ」 「京を見て回ってどうでした?」 「んー・・・、今日は市がたっていたんですけど、思ったよりも活気があって楽しかったです。人も優しくて、いいところだと思います」 「そう、それはよかった」 目を細めて笑う弁慶につられて笑う。こんなあまり胡散臭くもない表情もできたのだなぁ、と内心得した気分である。 「弁慶さんは、望美さんと散策してたんですか?」 「えぇ、九郎のところへといく予定でしたが、今日はそうなってしまいましたね」 「あぁ」 京を見て回りたかったのだろう。話を聞いて推測する限りでは時空を跳んだあとらしいし、自分が守るべきところを目に焼き付けたかったのかもしれない。なんて妄想を膨らませてみたり。 「あ、でも鉢合わせたりはしませんでしたね。どこいってたんですか?」 「そうですね、さんと同じように市へといったりしましたが、残念ながら僕は途中から抜けたので詳しいところはわからないんです」 「抜けた?」 「えぇ、ちょっと、やることがあったので」 それってまさか。いやそんな。でも京ではそんなイベントあったし。え、まじですか。 「・・・望美さんなら手伝うとかいいそうですよね」 「察しがいいですね。確かにいわれましたが断りました」 「え、なんでですか?」 「京を見て回りたそうでしたからね」 だから遠慮したんです、と笑みを浮かべる弁慶を見上げながら、この人始終笑顔だな、なんて頭の片隅で思った。しかしそんなことよりも、もしかしてこれは弁慶のあのイベントは終わったということだろうか。見逃しただなんて、そんな。いや、望美と行動していなかった時点で逃す確率のほうが高かったわけだが。これは思いも寄らない衝撃だ。 「・・・その用事、今日で終わりました?」 「・・・どうしてそんなことを?」 「うっ、いえ、その、なんでも、ないです」 つい、目の前の事実に足掻いてみたくてもらした言葉だった。小心者である自分にしてはなんて積極的な言葉なんだろう。近年まれにみる積極的さだ。先ほど得した気分を味わったから調子にのってしまったのだ。だから、いつもならいわないだろう言葉をもらしてしまった。なんて迂闊な。ブラウン管の向こうでみれなかった表情をみれたからといって、自己嫌悪に陥ってしまう。 俯いた顔があげられずに、ずっと床の木目を睨んでいた。 「実は、配り足りなかった薬を明日届けにいくんです」 「え、」 しばらくの沈黙のあと、降ってきた声に顔をあげれば仕方ないような呆れたような笑みを浮かべる弁慶がいた。思わずときめいてしまったのは仕方ないことだ。だって彼はネオロマキャラ。美形でしかも自分の好みど真ん中、ストライク。そして自分は困ったような仕方ないといわんばかりの、そんな類の笑みがすきなのだ。だから顔が熱いのだって仕方ない。 それをどう受け取ったのか知らないが、弁慶は頭に軽く手を乗せて数回叩く。 「それを、よければ手伝っていただけませんか?」 「っ、あ、すみませ、」 「僕が聞きたいのはそんな言葉じゃありませんよ」 気を遣わせてしまって、と続くはずの言葉が遮られ、有無をいわさない笑みで迫られた。顔が近い近い近い近い、なんて内心戸惑いながらも心のどこかですごい美形だなやっぱり、なんて冷静に観察して考えている自分がいたりするからなんだか少し可笑しかった。 「あ、う、よ、喜んで、?」 「はい、よくできました」 にっこり笑み、頭を一撫でして遠ざかる弁慶に少し名残惜しい気もしたが、心臓がもたないから離れてくれてよかった、と思った。 << >> (2007/04/13/) |