愛しい。愛しい。愛しい。いと惜しい。

「やめて!やめてよさん!どうして!なんで!!」
「それを聞くの?のーぞーみーちゃん」

 まるで遊ぼう、とでも続きそうな軽い呼びかけに望美は顔を歪める。
 一息で踏み込み、下段から切り上げられた刀は大きな金属音を響かせて止められてしまった。にこにこ。にこにこ。望美とは対照的に笑っていればより酷い顔へと変わる。そう、憎めば良い。恨めば良い。絶望すればいい。失望しちゃいなよ、望美。それでいいんだって。なに敵に情けをかけているんだよ。ねぇ。
 にこり、笑い続けて横からの一閃を避けるために距離をとった。割り込んできた九郎も酷い顔で、みれたもんじゃない。

「望美ちゃん、私、敵なんだけど?」
「違う!さんは敵なんかじゃな、」
「なんで?どうして?私は頼朝さまの僕、そして捨てられ生きながらに怨霊へと換えられてしまった化け物だよ?」
「違う!私が、私がどうにかしてみせる!」
「無・理・だ・よ」

 わざわざ区切って、言い聞かせるように否定した。私の体のことは私が一番わかっている。何故かは知らないけど、先天的な耐性があったから大量の穢れを浴びせられながらも生きながらえた。怨霊という名の化け物に墜ちてしまったけど。自我は残されても清盛の傀儡と化してしまったけど。その身が叫んでいる。無理だと。
 とうとう泣き出してしまった望美を見下すように、笑う。

「私の身は墜ちるところまで墜ちてしまった。でも、心まで墜ちやしない。平家と源氏が対立しているいまは、頼朝様に仇なしているようだけど、こちらが本当」
「・・・どういうことです」
「おや?あなたともあろう方が気付いていませんでしたか」
「真似なんておやめなさい。気色が悪い」
「狙ってるのよ。―――源九郎義経、源氏の神子、君たちは目立ちすぎた」

 それだけいえばわかるでしょう?軍師殿。挑戦するかのように弁慶を睨むかのように目をみて笑ってやった。驚くさまに滑稽だといわんばかりに声をあげて笑う。

「武功をあげすぎたね総大将!頼朝さまはお前を、お前たちを邪魔に思ってんのさ!!」
「な、んだ、と・・・?」
「この体って案外便利でね、多少の無理ぐらいならすぐに回復する。だから仕入れられた情報だし、頼朝さまのところに走れたんだけどさぁ。そのときなんていわれたと思う?あんたたちを殺してこい役立たずだってさ!あっははははは!!」

 笑が止まらない。心底笑えて仕方がない。青ざめて戦慄いている九郎も、泣き続けている望美も、全部全部可笑しくってたまらない。
 捨てられた自分さえも。

「そう…だから、ね、愛しい愛しい愛しい頼朝さまの命令のため――――死んでよ!!」

 刀で空気を切り裂き、突っ込んだ。呆然とする九郎や望美を庇うかのように弁慶が間に入り、受け止める。ぐっと眉を寄せて耐える弁慶は何故か悲痛そうだ。非情の鬼軍師ともあろう奴が情けない。刀と薙刀の押し合いは均衡したまま、動かせない。隠そうともせず舌打ちした。

「ちょっと、邪魔しないでくれる?」
「・・・君に、聞きたいことがあります」
「こんなときに?」
「君は、僕たちと過ごした日々を、」
「黙れ」

 弁慶の言葉を遮った。聞くな。聞かないで。言葉を紡がないで。問答無用で戦ってよ。剣を交えようよ。命をかけて。言葉なんかいらないから、生き残りをかけた戦いをやろうよ。ねぇ。
 視界が滲む。喉が震える。やめろ。やめろ。こんなこと思ってない。頼朝さまのために源氏の神子一行を殺す。清盛を殺す。役立たずなりに足掻くんだ。やめてよ。弁慶、やめてってば。そんな目で、見ないで。

「お前らを、こ ろ   す  」

 がらん、と刀が落ちた。

「――――いとしい、愛しい、愛しい、いと惜しい。君たちとの日々が、君たちが、君たちの絆が、とても、愛しくて、いと惜しい、よ。ねぇ、」
「・・・知っていますよ」

 弁慶に抱きつくように泣き崩れた。あぁ、そう、知っていたの。そう。さすがだね、弁慶。

「ありが、と」

 腹に突き刺さる小刀。いつか弁慶に渡したものだ。その意図を、意味を、正確に理解している弁慶がとても、とても。

「・・・ふはっ、泣くなよ、弁慶」
「・・・泣いていません」
「ありがとう。ありがとう。どうしようもない人間で救いようのない人生だったけど、弁慶、君を好きになれてよかった」

 最期に笑って逝けるだけで、私は生きた価値があった。












(執筆/2008/08/08...再録/2012/02/10)