ある日、私は空を手に入れた。



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 私はそれなりに勉強できてそれなりに運動もできてそれなりに猫被っている普通の平凡な子供だった。頭の悪い友達との友好関係も順調、教師に反感を持たせずいい子ぶってもそれがデフォルトだと周りに信じ込ませられる程度には性格も良いほうで通っているし、男女両方からも親しみやすいとよくいわせていることもできている。別に見下しているわけではない。ただ私の性格がこんなのなだけだ。別に親が悪いっていうわけではないし、ただいつの間にかこういう風にできあがっていたのだ。私が。
 まぁそんな品行方正で男女ともに人気が高く真面目で文武両道にと猫被っている私でも、人にいえないことくらいある。つまり、私は"隠れ"と呼ばれる類の人間だ。隠れ。そう、その後に続く言葉はオタク。どっちかといえば私は腐女子と呼ばれるほうが正しいのかもしれない。昼は優等生ではないけど教師にもクラスメイトにも人望厚く、私自身もそうあれと振舞っているが、家に帰って来てからは自分の時間だ。ネットサーフィンで特殊な部類に位置される小説を読み漁り、本棚に所狭しと並べられている漫画やライトノベルを読み漁り、ゲームをしては萌えだのなんだの騒いでいる。そんな部類の人間。学校で友達をやっている奴らにこんな部屋をみせたらどう思われるだろう。どういわれるだろう。まぁ大体予想はつく。昨今では風当たりも和らいできているし。それでも引かれること請け合いだ。だから親友と呼べる人にしかこういう話はしないし、その親友は全てをわかって付き合ってくれているから遠慮もしなくていいから楽だった。というかこの道に引っ張り込んだ張本人であるから私よりはレベルが高いし話していて楽しい。いい友達・・・と呼べるか甚だ疑問ではあるが、まぁ後悔はしていない。おかげでこんなにも楽しい世界を知ったのだから。

「・・・これなに?」

 だからといって、別に望んだわけじゃない。漫画の世界観も小説の価値観も全て傍観者であったから楽しめたわけで、むしろこんな世界を作り出せる作者の価値観を楽しんでいたわけであるから、この世界に飛びたいだの冗談で口にすることはあっても実際は望んじゃいなかった。

「なにって、あんたが欲しがってたエアトレック。福引であたったからあげるわ」

 ソファーの端っこを陣取る白と青のコントラストがきれいなエアトレック、とかいわれたもの。目を丸くしてそれを凝視していれば何を勘違いしたのか母は嬉しすぎるのもわかるけどさっさと着替えてきなさい、と見当違いな言葉をよこした。ぼとり、と落とした通学用かばんに気づかず考える。
 いやいやいや、ちょっと待って欲しい。何故。どうして。いや、福引であてたらしいけど。その前に問題が。何故この世界に存在しないそれが堂々と我が家に鎮座しているのか。それはエアギアとかいう近未来漫画の中にしか存在しないものではなかったのか。物語の展開もエロめではあったが面白かったし全巻そろえているし内容もほとんど覚えているけど、作中にしか登場しないはずだ。二次元でしか存在しえないそれが何故。どうして。現実に。

「もうすぐご飯だからさっさと降りてきないさいよー」

 そんなのんびりした母の声が届くけどまるっきり無視して階段を駆け上った。蹴り開けるかのように自分の部屋へと転がり込み、立てかけてあったはずの例の漫画を探す。くまなく探す。制服がしわになることなど知ったものか。重要なのは、そう、何故あれがここにあるのかということ。頭をよぎる、よくある設定を否定するための材料を探すこと。

「・・・ない。一つもない。他のマガジン系やジャンプ系の漫画はあるのに、あれだけない」

 ぽっかりと、立てかけてあったはずのところが空いていた。見間違いかとくまなく、それはもう部屋中を探したけれど一冊も見つからなかった。へたん、と座り込み愕然とする。そんな、まさか。異世界トリップなのか。そうなのか。いや、でも違う。なにかが違う。むしろ設定がこっちへと出現したかのような、そんな。  しばらく呆然と、思考回路を停止させたまま座り込んでいた。信じられずに取り出した漫画を読むわけでもなく、ただ手に持ちながら呆然と。
 何度も飛びたいと思った。この世界観に触れられたらどんなに面白いだろうかと、妄想したこともあった。でもそれは現実に起こりうることではなかったからただ夢想していられただけだ。なのに、こんな。こんな現実を叩きつけられても喜べもしない。

「なにやってるのよ、もうご飯できたから降りてきなさい」
「母さん・・・」

 ぼんやりしていれば母がいつの間に戸口に立っていて溜め息をついていた。いや、なにまたこんなに散らかしてこの子は、みたいな視線おくらなくても。制服からまだ着替えてなかったの、と口うるさく話し出す母にいつもなら適当に返事をして追い出すのだが、いまはそんな余裕はなくて上の空で相槌をうっていた。思考がうまく働かない。働いたとかいうほうが不思議でならない。

「散らかすのは別にいいけど、さっさと荷物まとめなさいよね」
「うん・・・、は?」

 いま聞き捨てならない言葉を聞いたような。

「来週から一人暮らしするっていうのにこんなんじゃお母さん、心配になっちゃうじゃない」
「・・・はぁ?」
「あ、そうそう。転校手続きは終わらせてあるけど制服はしばらく前のところの着ていきなさい。まだ東雲中学校の制服ができあがってないのよ」
「いや、あの、なんの話で、」
「それから親呼び出しなんて御免ですからね。バレないようにやんなさいよ」
「は、はぁ」

 そんなこといわれても。大体いまだに展開についていけない私はどうしたら。

「まだ中学校に半年しか通ってないところに転校なんて面白いでしょうけど、最初ははめ外さずに大人しくしてないね」

 なにが面白いんだよ。









突発的に。続きあったりするかもしれない。


(2007/12/10)