あ、飲み込まれた。
 瞬間的に思ったこと。感じたのは遠ざかる世界。この感覚を知っている。この世界にもう一度訪れたときの感覚。まんまそれ。
 驚くテッドの顔とか傾く視界とか、伸ばされた手に届かなかった手とか焦ったテッドの声とか。どんどん遠ざかる世界にただ呆然とするばかりでなにもできなかった。思考はきれいに停止していてただわかったことは落ちている。それだけだった。

「・・・え、えぇ?」

 喧しい風の金切り声を聞きながら暗い空を落下する。いやいや可笑しいだろ自分。さっきまで草原歩いていて前を行くテッドと話をしていたらいきなり後ろから引っ張られて気づいたら落下とか、ありえない。頭で全否定してみても体に受ける空気抵抗は本物であるし現実のみを考えるならば否定のしどころがないのだけど、やはりありえない。ありえないというよりは、何故。
 暗い空。眷属の気配がしない。何よりも空気が違う。だとするとここは自分がいた世界ではない、ようだ。ならば何故世界を移動してしまったのか。そこに第三者の存在は考えられないのか。巡り迷走しはじめる思考にかまけてばかりいて、落下しているのを忘れていた。混乱していたにすぎないのだけど、それでもやはり忘れていたには変わりはなく、思い出したのは背中から何かを突き破った衝撃でだった。

「がっ」

 痛い。地味に痛い。随分むかしに喰らったルックの衝撃波みたいだ。あれよりは威力がなかったけど、頭をぐらぐらさせるには十分だった。視界を正常に保つことは無理な話で、舌打ちして肩越しに落下地点を確認すれば見上げてなにごとかを叫ぶ白衣の人や黒い人たちがぼんやりと見えた。耳も少しいかれてしまったようで雑音としてしか聞き取れない。いや、その前にいい加減なにかしないと地面に衝突して死ぬ。間違いなく死ぬ。コンディション最悪で使いたくなかったけど仕方ない。

「てめぇら死にたくなきゃどけよ!!!!」

 地面に向かってありったけの声をだして叫び、両手に意識を集中させた。集束する魔力。風の力。何人か気づいたらしく退避命令をだしているらしい。臨機応変に対応できるやつがいてよかった。やりやすい。魔力を言霊にのせる。

「    」

 言葉は風の音に飲み込まれた。構いやしないけど。上体をひねり腕で振り回すことで上向きだった体を下にむけさせる。ついでとばかりに放った風の塊が落下地点にぶつかって弾け、集束した風が上昇気流となって落下速度を緩めてくれた。そのまま体勢を整えて着地。計算通り、といいたいところだけど思いのほか威力が殺がれていなかったらしく足への衝撃が半端ない。一応身体強化の魔法もかけておいてよかった。痺れた。痛い。しばらく着地した体勢から動かず堪えていたけど我慢できなくてごろん、と転がった。

「・・・いたい」

 涙目で呟いてみたら遠巻きにみていた人たちが呆気にとられたみたいだった。



***



「君はどこからきたの?」
「百万世界」
「なんで空から?」
「自分でもわからん」
「さっきのあれは何?」
「技」

 畳み掛けられるように浴びせられる質問に間髪いれずに答えれば目の前のコムイと名乗った男の人は困ったように溜め息をついた。いや、もう、溜め息つきたいのは自分のほうなんだけど。座らされているソファーの背もたれによりかかり一息つくように息を吐き出した。
 ここはコムイの執務室。仕事部屋、らしい。恐ろしく散らかっているが。あのあと、とりあえずリナリーとかいう可愛い子に声をかけられて、立たせてもらっていると問答無用でつれてこられたのだ。何故かいろんな人もついてきたけど。一応自己紹介は受けているが名前を覚えられたかは定かではない。きっと忘れた。
 何故こういうことに陥っているのかというと、どうやら自分はありえないところから落下してきたらしい。この黒の教団とかいう本拠地はとんでもないところに立っていてかなり地表から離れている。そしてその遙か上空から落っこちてきた自分はかなり怪しいとのことだ。どうやら天井をぶち抜いてきたみたいだし、生きているほうが少し疑問なんだそうだ。うん、軽く結界張っておいて良かった。
 そんなわけで自分はいま、かなりの不審人物。怪しさ満載の落し物、ということだ。不本意ではあるけどそれは甘受するとして。

「コムイさん、だっけ」
「うん?そうだよ?」
「その人に殺気ばらまくのやめてもらえるかどうにかしてくんないかな」

 ちらり、と視線を動かした先に自分を睨みつける黒髪長髪のポニーテールの男。ものすんごい睨んでますけどものすんごい殺気ぶつけられてるんですけど逃げ出したいくらいなんですけど。溜め息をひとつついて出されたコーヒーを口に流し込んだ。苦い。
 隣のリナリーは困ったように袖を引っ張っているしさらのその隣にいる白髪のアレンとかいう男の子もさすがに困ったような顔をして眺めている。眺めているくらいなら止めてよ。居心地最悪なんだよ。

「神田くん、彼女はアクマじゃないんだからそう殺気立つのやめてあげないと」
「それ抜きにしても不審人物には代わりねぇだろうが」
「それでも失礼ですよ神田」
「黙れモヤシ」

 火花が散った。まさしくそれを目撃した。例えるならば、そう、スノウとよく対立していた自分とのあれだ。第三者からみればこんな風に見えていたのかと思うと少し笑えるけど、むけられる殺気にそんなことできるはずがない。ていうかしたくない。した瞬間に手に持っている刀で真っ二つにされそうだ。大人しくコーヒーをすすった。

「君、、っていったよね?」
「うん、なに?」
「もう少しわかりやすく説明してくれないかな」
「面倒」
「あの、そんなこといわないでもっと簡単に説明してくれると、」
「リナリーがそういうなら」

 コムイの言葉をうけて面倒そうにしていたのに比べて完璧な笑顔でリナリーにそう返した。周りの白けた雰囲気とか視線とか気にするものか。しれっとした態度でコーヒーを飲み干してマグカップを置いた。それにしてもいい趣味したウサギのマグカップだこと。

「自分はこの世界の人間じゃないね。別世界の人間。だから百万世界」

 ぽかん、とした一同の顔が見ものだった。









幻水→灰男。ちなみにいろいろ体験して己を理解したあとの連載ヒロインです。


(2007/10/29)