「まぁそんなわけで死んでくれない?」
「うーん、君でも聞けないお願いだな」

 馬乗りになって首に手をかけて頚動脈を押さえているというのにいつもの爽やかな笑顔を崩さずにハートの騎士はそういう。お前の命は私が握ってんだぞ、と睨みをきかせてもまるでなんともないといわんばかりに、私に殺されるはずがないといわんばかりに、笑っている。あぁ、もう、なんでこんなにこの人が愛しいんだ。

「へぇ、あの子のために死ねないって?」
「そうだな。俺が死んだら、アリスはきっと悲しんでしまうから」

 代えのきく存在なのに命を大事にするんだぜ、と可笑しそうに笑うエースと一緒に笑って(きっと歪んでいたのだろうけど)手に力を込めた。

「それならあの子に悲しんでもらいましょうか」
「・・・君、さ・・・、俺のことすきなんだろ?」
「そうですね、すきですよ。とっくの昔に知られていたことを何故いまさら?」
「アリスが"すきな人には死んで欲しくない"とかいっていたのを思い出したんだ」

 アリスが。アリス。アリス。この人はあの子のことばかり口にする。余所者だから?それなら私だって余所者だ。随分昔に迷い込んだ余所者で帰ることができていないけど。自らここに留まることを選んだのだけど。他でもないこの騎士のために。少しでも近くにいたくて望まれるがままに女王の補佐官になった。ビバルディはお前がこの世界に留まればそれでいいっていってくれた。ペーターは趣味が悪いと散々扱き下ろしてくれた。エースは歓迎してくれた。嬉しいっていってくれた。それなのに。それなのに。

「・・・そんなにあの子が大事ですか」
「え?君だって大事にきまってるじゃないか」
「・・・そうですね、知っています」

 あなたが私に好意を寄せてくれていたことを知っています。そういえばエースは嬉しそうに笑うけど、それはただの好意に過ぎなくて、あの子に向ける感情は一切含まないものだと気づいた。気づかされた。あの子を見る視線が、態度が、総てが、私と違う。なにもかも、違う。私にはそんなこといわなかった。私にはそんな視線をむけてはくれなかった。私には。

「・・・あれ?どうしたんだ?泣いてる」

 ぼたぼたエースの頬に落ちる水滴にいわれるまで気づかなかった。気づいてしまったから。私がエースの好意にあぐらをかいて、待っていたということを。ただ、眺めているだけだったということを。与えられる好意を履き違えて、自分のいいように捉えて、満足していたということを。気づいてしまった。気づいていた。蓋をしていた。そして私はもう一度、蓋をする。
 いまだに落ちる水滴を拭うこともせず受け止めて、ただ見上げているエースに笑う。

「私の心臓にエースがいるから問題はありません」

 そう、あなたの気持ちは私の中で息づいている。永遠に生き続けている。私だけをみてくれていたあなたが。一緒に過ごした時間が。あなたの笑顔が。そう永遠に。

「私だけを見てくれていたあなたがいます」
「だから?」
「だから」

 真顔になっていくエースに私はただ笑う。相変わらず涙をぼたぼた落としながら笑う。醜く笑う。それでも私は耐えられなかった。アリスを追いかけるあなたが耐えられなかった。

「死んでください」

 歪んだ笑顔だなんて知らない。私はあなたがすきだっただけ。




そうして私は永遠の愛を手に入れる。
(永遠に失う)





「君に殺されるなら、別にいいかなって思ったんだぜ」

 あなたの愛と笑顔を心において私は泣いた。




(2007/09/24)