そう、例えば。もしも。そんな話。

「なぁ、アリス」
「なに?」
「逃げ切れてたかと、思うか?」

 それはもしもで例えば。ありえた未来。そして今後ありえない未来。私は捉えられてしまって、捕まったまま先へと進めないまま、この時間が狂った世界で過ごしている。自分の意思で残ったアリスはなんて強いんだろうかと、嫌味ではなく本気で思った。私は選ぶことを怖れてただただ逃げようとしていたから。一生敵わないだろうなぁ、なんて思われていることなんて思いつくことすらしていないだろうアリスはハートの城独自のブレンドでいれられた紅茶をすすりながら即答した。

「ありえないわね」
「一刀両断したなアリス・・・」
「誰だってこういうわよ。あなたはエースから逃げ回っていたようだけど、エースは確実にあなたを追い詰めていったもの。捕まらないことのほうが不思議でたまらないわ」
「そうだよなぁ・・・。私、すごいがんばって逃げてたのに、なんでか行く先々で会うんだもんなぁ・・・」
「あれで方向音痴だなんて、信憑性が薄れるわよね・・・」
「私も一時期本気で悩んだ。でもさ、出会って拉致されていろいろつれまわされるとやっぱりこいつ方向音痴なのかなぁって思うわけよ。真性の不幸体質だってことも」
「・・・・・・深くは聞かないわ」
「そうしてくれ。思い出したくもない」

 若干遠いところをみつめだした自分にアリスは哀れみの目をむける。それに乾いた笑みを返して、大分冷めてしまった紅茶で口を潤した。冷めてしまっても美味しいと思える紅茶は初めてだったし、結構気に入っている。コーヒー派な自分としてはこのブレンドは衝撃的だった。以来、コーヒーと同じくらいこの紅茶を好んで飲んでいる。

「そういえば、あなたも方向音痴だったわね」
「んー?まぁな。時間がかかるけど道は覚えるようにしてるしエースみたいに酷くないから、迷いに迷ってキャンプ、ってことはないけど。目的地にちゃんとつけるし」
「たくさん人に道聞きながらだけどね」
「そこは仕方ないって」

 口角を持ち上げていわれた言葉に仏頂面を返す。アリスも大概人が悪いなぁ、とは思うがここの住人に比べれば可愛いものである。それに基本、可愛らしい女の子は好きだ。アリスは文句なしに可愛いしひねくれ具合も好ましいものがある。むかし作ったようなあれに比べればまだ全然現実感があるし、そのくらいの捻くれ具合がなければ社会などに出た瞬間潰されること請け合いだ。あぁ、でも自分の世界とアリスの世界は、というか時代は違うようだからそのへんどうなのかはわからないけど。
 空となってしまったティーカップに紅茶を注ぎ、見上げるようにアリスへ目をむける。

「それで?方向音痴がいまさらどうした?」
「少し思ったのよ。方向音痴同士、行く先々でばったりあってしまうんじゃないのかって」
「あー・・・。なきにしもあらず、ってとこか?」
「なによ、それ」
「ありないことではないってこと」

 いい匂いを漂わせる紅茶をすすりながら考える。確かによく探検と称して道なき道を突き進んではいたけど、いやちゃんと道は歩いていたけど、それを考慮にいれて考えたとしてもだ、いくらなんでも鉢合わせすぎだろう。出歩いて確率的に三回に一回は鉢合わせている。酷いときなんかは毎回だったし、あれはもう、疑惑を持っても仕方ないほどの数字だ。というか毎回登場の仕方が尋常ではなかった。いきなり脇の森から飛び出してきたり、蜂に追いかけられていたり、刺客に襲われていたり。そういえば副職(今は本職だっけか)の仕事現場には居合わせてしまったこともあったか。あれは濃密な血臭が気になって自分から招いた遭遇だったけど。それにしても本当、あの男と鉢合わせ確率が半端ない。しかし登場の仕方からいってもあれは偶然みたいだった。ようにも思える。ていうかわざわざ登場のタイミングを計ったりしないだろう。してたら笑える。そのあとドン引くこと請け合いではあるが。

「ていうか、それが一番ありえるかも」
「でしょう?あなたは好奇心の塊みたいだったからよく出歩いていたわけだし、その線が強いわね」
「あーでもなー、なんかいやだなー」
「なにがよ」
「なんか、それじゃあまるで運命みたいじゃん」

 そう、運命。なんて陳腐な言葉。この世界に来たのも逃げ切れなかったことも、エースに出会ってしまったことも。運命。なんて興ざめする言葉。
 盛大に顔を歪めて頭をかきむしればアリスは呆れたような視線で、でも納得するようにため息をついた。

「そういわれればそうかもしれないけど、私はそんなもの御免だわ」
「同じく。虫唾が走っちゃうね」

 せめてエースが嫌うような性格でもしていればよかったのに。というか趣味が悪いエースが悪い。人好きするような性格ではないのに、一番やっかいな人に好かれてしまった。
 頭をごてん、とテーブルに投げ出して九十度傾いた世界を眺める。

「これも逃れられない運命、てか」


 ああ反吐がでそうだ。









意味不明なのはデフォルト。


(2007/06/27)