さんさんと降り注ぐ陽光に目を細めながらがいれてくれたお茶をすする。こちらに跳ばされてきたときから入れさせていたためにお茶を入れさせたら右に出るものはいない、と真剣に思ってしまう程度にはうまくなった。いまでは私専属のお茶入れ係だ。(いまは少し違うかもしれない) ずずず、と行儀悪くも音をたてつつも味わいながら飲みきる。横に差し出しても入れてくれる人はいないし、おかわりに、と珍しく気を利かせてがおいていった急須を手にとって湯飲みに何杯目かのお茶を注ぎ込んだ。いま思い返せばなにかとは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたなぁ。だとしたら珍しく、というところは違うかもしれない。ひとり縁側に座ってつらつらと思考をめぐらせた。 いつも大抵一緒に行動しているなおは、いまいない。 ここは熊野。全てが終わったあとに、私たちはここに身を寄せた。迷惑になるかなぁ、なんてさすがの私も思ったけど、九郎たちを招くんだからいまさら一人や二人増えたって構いやしないといってくれたのはヒノエだった。確かに九郎と望美は見事にゴールインしたし、あのだってなしくずしに、というか自然ななりゆきみたいな感じで弁慶とともに行動している。だから今更、という話だったらしいが、ぶっちゃけ居心地が悪かった。熊野は文句なしに最高だし、きれいだし、優しい人ばかりだし。本当に文句がつけるところがみつからないくらいにいい扱いを受けている。だけどどこか居心地が悪くて仕方なかった。意味もなくこんなことを思うなんて私らしくもない。ここ最近はそれに頭を痛ませているしいい加減疲れてしまっているけど、原因がわからなければ排除のしようがないし。というか半分ほどはわかっているんだけど。 空になった湯飲みをおぼんの上において、立ち上がる。鬱々とした思考を振り払おうかと足を玄関へと向けた。いままでいた縁側は結構奥まったところで、優しい陽射しに木々の声、鳥のさえずりが全て調和して、ゆったりした時間が流れていたからのんびりするには最適だった。しかしこうも気分が落ち込んでくるとその静けさが逆効果となって考えすぎてしまう。そう、いろいろなことを。 自分の足音だけが大きく響いて、徐々に大きくなる喧騒に集中する。考えすぎてはだめだ、いまの自分では。若干視線を落としながら全神経を外へとむけた。ざわざわと騒がしい人の声。風の音。木々が揺れる音。陽射しを遮ってくれる大きな木の影。鳥が羽ばたく音。笑い声。笑い声? ふと視線を上げれば外へと続く道を挟んで向こう側の庭に、弁慶とがいた。弁慶はあの胡散臭い笑顔を浮かべて何事かを話している。は盛大に顔を歪めて眉を寄せて、やはり何事かを言い返していた。随分前から変わらないやりとり。弁慶がからかって、はやめればいいのに言い負かそうとして、そしていいように遊ばれる。日常と化したその光景に、最初は止めようかどうしようかと悩んでいた面子は次第に放置しておくようになって、むしろ面白がって見物するようになった。あの光景は見物人がいなくなってもいまだに変わらずに続けられている。だけど、そう、変わらないはずなのに、その光景にどこか、いつからか、なにか入り込めない雰囲気が、そう、いうなれば二人の世界のような、そんな感じの空間が、僅かながらも形成される瞬間が存在するようになった。まるでそれが二人の在り方のように。極々自然に、できあがっていた。十年後も二十年後もきっと同じ光景を繰り返しては、一緒にいるのだろうと、そう思わせるような。そしてそれは、自分たちの世界へと帰れるという現在でも変わらずに。(原因はこれなんだろうなと察しはついている) 日陰で立ち止まったまま、ぼんやりと騒ぐたちに視線を送る。にいわせれば心底楽しそうで底意地が悪くて腹黒い笑みは、傍からみれば、いや確かに人で遊ぶときの、しかもすごく面白くて楽しいですよ、といわんばかりの笑みだけど。それでも、が気づかない一瞬に。その表情を崩して違う顔をだす。ああ幸せなんだと、そう思わせるような一瞬をさらけ出す。きっと本人すら気づいていないだろうそれを、あの鈍感な親友と苦労人が気づいて嬉しそうにみていたのを知っている。逸れていたの意識が自分にむくころにはころっとなりを潜めてしまうそれを初めて見たときは酷く動揺したと、二人が二人して困ったかのように話していたけど。まぁ、自分だって初めてそれをみたとき、思わずヒノエに真剣に相談してしまったものだから仕方ないことかもしれない。 もちろん、にだってそういう一瞬が存在したりするが、大抵は顔にでてしまうから筒抜けだ。大概のことは弁慶にだけといわずに、みんなにただ漏れだったりする。それでいて肝心な、重要なところをきれいに隠せるのだから人間、深く付き合ってみなければわからないものだと思う。基本的に素直じゃないのにある意味とても素直なんだけど(だからこそ弁慶はの傍にいるのかもしれない)。それでも深いところで、もっと深いところで、大人びた表情を浮かべて弁慶をみているときがある。たぶん、その瞬間は私しか知らない。ずっと一緒にいて、だからこそ気づけるようなものだと思うそれは、深く踏み入ることができないけど。それでもきれいだな、と、幸せそうだ、と、思わせるような表情だから、それはそれでいいんだと思う。これが、弁慶に対する唯一絶対の優越感。そんなことを感じてしまう自分は酷く浅ましいのだと自覚はしているけど、いまのところ譲れない。 しかしは弁慶に筒抜けだけど、弁慶は全然そうじゃないのはと少し不公平なんじゃないだろうか。腹黒軍師様が相手では仕方ないことかもしれないが、それでも不公平だよな、とは思わずにはいられない。どこか子供っぽいところがある弁慶をみていると、なおさら思う。ああ、でも、は微妙な雰囲気をよむとか(いつもは空気丸無視なのになんでそんなところばかり、なんていまだによく思う)、土壇場での直感は頼りになるものだったりして、結構勘が鋭いから、案外気づけているかもしれない。あの腹黒軍師様、いや真っ黒い策士な人の、あのしまりのない顔を。だとしたらお互い様ってところだよなぁ。本当に、こう考えると互いに天邪鬼というか本当に素直じゃないというか。 不意打ちでかまされた抱擁に、なおが真っ赤になって騒いでいるのを弁慶は面白そうに、それでもどこか動揺したような雰囲気を纏いながら笑っていた。・・・あれ、たぶん弁慶も無意識だったんだろうな。 呆れたようにため息を零して、いい加減散歩にでかけようと視線をたちから外して外へとむければ、垣根の向こうから歩いてくるヒノエに気づいた。向こうも向こうで片手にもっていた紙を読みながらも気づいていたようで、むけられる視線にすぐに反応して笑みを浮かべた。 「やぁ、。これから散歩かい?」 「そんなとこー」 「その割りに随分とそこにたたずんでいたようだけど?」 「あぁ、あれをみてた」 自分は立ち止まったまま、ヒノエは歩きながら会話を交わした。近づいてくるヒノエから視線を外してもう一度たちをみる。今度はなにか憤慨しているを弁慶がまた抱き込んで、は叫び声をあげてまた真っ赤になっていた。よくやるよなぁ、といつもみさせられている光景にうんざりする。本人はいたって遊ばれているとしか言い張らないが、周りからみれば痴話喧嘩だ。恋人同士の。あれでまだ恋人未満とかなんだから呆れを通り越して笑える。(なにやら恋仲という認識はないんだそうだには) 「弁慶とか・・・」 「うん、相変わらずの痴話喧嘩っぷり。あれでまだ恋仲じゃないとかいうんだからいっそ笑えるよねぇ」 「お前も、相変わらずいうねぇ」 「そう?あ、もちろんヒノエくんラブも相変わら、ず・・・」 にっこり笑って見上げたヒノエを、みるんじゃなかったと思った。ぴしり、と音を立てて表情が凍る。なにかにひびが入る。琴線に触れる。いとしげな色を含んだ視線はまっすぐに。 「・・・ん?どうした?」 「ぁ、別、に・・・。私は変わらずにヒノエくんらぶだよって」 「それは光栄だね、姫君」 そういって口端をあげて笑う。不特定多数用の笑み。それが何故だか悲しくて、あの二人に気づかれて声をかけながら去っていくヒノエの背中をみる。 なんだろうこれは。これは、これは。この感情は。この締め付けるような、そんな、もの。信じたく、なかった。 は、ここはゲームの世界だとわかっていながら弁慶を一人の人として、男としてみた、らしい。所詮二次元、キャラなんだって、わかっていながら、理解しておきながら、現実なんだと、認めた。そこに至るまでに悩みに悩んだらしいけど、なにも相談されなかったし、だからなにも聞かずに放置しておいた。それが後からありがたかったと、聞かれてはすぐに頼ってしまって甘えてしまって自分の答えがでなかっただろうから、と、清々しい顔をして、これは現実なんだって、認識するという言葉と共にいわれたのはまだ新しい記憶だ。それだけでどういうことをいっているのか分ってしまったし、わかることができるくらいに一緒にいたし、きっと、初恋なんだろうなぁということも分っている。知っている。初恋が実はキャラだったなんて、笑えない冗談だ、なんて内心思ってもいた。だって、そうだろう。一人の人間として認めたとしても、結局はキャラなんだ。言葉を交わし、じゃれあい、暖かみがあることを知っても、同じように血が流れるということを知っていても、所詮二次元。ネオロマキャラ。だからこそ絡んでいけたし、散々振り回してみたり、押しに押してみたり。キャラだから。初めからそう設定されているから。だから。そういう前提があってこそ、だった。だからが現実として認識するといいだしたときは、こいつ頭大丈夫か、なんて酷いことも思った。弁慶を慕っているとか、本当に馬鹿なんじゃないのか、とか、救えないやつだなぁ、とか。本当にいくつも酷いことを思った。自分にとっては彼らは壁一枚隔てた向こう側の人で、触れ合うことすらもできない人で、しようとも思わない人たちで、ゲームを体験しているというだけの現実感が伴う遊びのような、感覚で。遊びで人を斬ったりしてちゃ相当イカれてるけど、それはこれが当たり前のことだからで、いくらゲームの世界といえど死にたくなかったから仕方ないことだったし、肉を切る感覚とか、漂う濃い血の臭いだとかは、妙に生々しくて割り切るまでに時間がかかったけど、それでもここは仮想空間だという認識が抜けなかった。そんな仮想空間の住人である彼らとかに恋心を持つなんて愚かなことだと思っていた。いまもそうだし、これからもそうだと思っていた。 みつめる先で、ヒノエがに声をかけている。には気づかない水面下でなにやら勃発したようで空気は酷く寒々しいものに変化していた。傍目からわかるほどなんだからきっと、は訳が分らずも青ざめているんだろう。そして私に助けを求める。いつものように。それに私は面白そうな笑みを浮かべて傍観者側へとまわるのだ。今回もそう。泣きそうになっているにひらひら手を振って。笑って。 こみ上げるこの感情を、私は知らない。こんな感情、体験したことがなかった。体験など、したくなかった。愚かだと思う。馬鹿だと思う。救えないと思う。いまのいままで、ずっと、ブラウン管の向こう側のキャラに騒ぐような、その延長線上だったのに。自分の知らないところでそれは芽生えて、成長して。ただ自覚だけがたりなかっただけで、すでにもう、そうだと認識できる準備はできていた。あの先入観を取り除けさえすれば、と同じになれた。居心地が悪いだなんて、ただの嫉妬だ。毎日が充実しているといわんばかりの、幸せそうにみえるを羨ましがっていただけだ。ここを現実だと認めることができたに対しての、羨望だ。そうして、ずっと自分を騙して騙してきて、ただ騒ぐだけで本気にしないで、遊びのように追いかけるだけで。自分の感情を潰して、押し殺して、気づかないふりをして。やっと気づいたときには、彼は違うところを見つめていたなんてそんな、笑えない冗談。 馬鹿だと思う。愚かだと思う。救えないと思う。 ずっと前から本当は気づいていた。送られてくる手紙を何度も何度も読み返したり、あの子に対しての態度が微妙に変化したり、話すときの表情から、勘付いていた。ただそれを、みなかったことにして蓋をして、忘れたふりをして、記憶の底に押し込めていた。 一つのことから芋づる式のように暴かれる事実に、泣きそうになった。認識とか、気づかなかったとか、そんなことじゃなくて、全てを分っていながら私は認めたくなくて、ただ傷つきたくがないがために気づいた事実を心の奥底に押し込んで封印して、頑なにキャラだからとみむきもしないで、ずっと。 もうずっと。初めから恋慕の情を持っていた。ただ認めたくなかった。キャラにときめきはすれど恋するなんて、信じられなかった。 馬鹿だと思う。愚かだと思う。救えないと思う。 自分から知らないふりをして、気づかないふりをして、あの含まれた視線を目の当たりにして崩れ去った。いまさら彼のことが、ヒノエのことが好きだなんて。ヒノエはもう私ではないほかの人をみてて、報われないと理解しておきながらもまっすぐにあの子をみつめている。きっといまもこれからも大事な人に変わりはないんだろう。今更私がなんといおうと本気にはしてくれないんだろう。付け入る隙がないくらいに彼はあの子のことを想っている。絶対に振り向かないと分っていながらもずっと彼女を想い続ける。 ああ本当に。 「ちょっとー?あんたどうしたんだよ。顔色悪いよ」 「やー、別に?日陰にいるからそうみえただけじゃな、」 「ってなんで泣いてんの?!」 あの空気から脱出してきたらしいは、俯いていた顔を上げた瞬間に目を丸くして驚いたようだった。むしろびびっていた。そしていわれた言葉に更に自分が驚く。泣いている。泣いている。頬を触れば濡れていて、舐めた唇が塩辛いことでやっと気づいた。泣いている、らしい。泣いてもいいはずなど、ないのに。 「なんか、あった?」 本当に心配そうにいうを見上げる。にっこり笑おうにも、笑えない。答えようにも、言葉がでない。口を開こうものなら、汚い私がでてきそうで、怖い。それでも、それでも私は。 にっこり笑う。がどうしたのかと首をかしげる。口が開く。 「お前なんか死んでしまえ」 馬鹿だと思う。愚かだと思う。―――救えないと思う。 弁慶→←跳躍主←ヒノエ←親友。とかいうカオス。でも実はまだ続きがあったり。 (2007/06/27) |