とりあえず人の質問には答えてくれるようで思いついたことを質問した。 「ここはどこ?」 「答えたはずだが?」 「夢の世界なんていう非現実を信じられるわけないから」 「全否定したね、君・・・」 「基本的に夢はみないんだよ」 「寂しい子だ」 「現実主義なだけでなんでそんなこといわれなきゃいけないのやら」 「あながち間違っちゃいないだろう?」 いやいや的外れもいいところだ。笑う男を無言で睨みあげて溜め息をついた。 「質問を変える。あんただれ」 「夢魔」 「夢魔?」 「そう、ナイトメアと呼ばれているよ」 「へぇー、そのまんまじゃん」 いろいろ聞かされた。夢魔に。正しくは夢魔というナイトメアに。聞いたときそのまんまじゃん、なんて思ったらやはり筒抜けで、そうなんだから仕方ない、なんていわれたけどなにが仕方ないんだかわからなかった。名前ぐらいもらえよ。(これもやっぱり筒抜けみたいだったけどもう何もいわれなかった) 「じゃあ賭けをしよう」 「賭け?」 「そう、賭け。あなたが負けるか、私が勝つか」 「・・・それだと結果は一緒じゃないかい?」 「細かいことは気にしない。ちっさいよナイトメア」 「君が大雑把というか、わざとやっていないか?」 「だって私が勝つし。ナイトメアが負けることは決定事項。だからさ」 「随分な自信だね。いっておくけど、ここはそう簡単な世界ではないよ」 「どこも一緒だね、私にしたら。私という個人がいて、その他がいて、世界がある」 黙りこんでしまったナイトメアには悪いが、それが本心だった。どこにいたってそれは変わらない。ずっとそうだったから。忠告はありがたく受け取っておくけど、例え世界が変わってしまっても(普通はありえないことなんだけど)それは変わらないという自信があった。だからこその賭けだ。 「ただそれだけのことさ」 「君は自分で気づいていないようだね」 「は?なにを?」 問い返しても口角をあげて面白そうに笑うだけで教えてくれなかった。いや、一応教えてはくれたが要領を得なくてどうも理解しにくい。この男はそういう話し方をするとは気づいてはいたが面倒なことこの上なかった。 「あー、とりあえず、だ。私は必ず帰るから。こんなところで掴まったりしない」 こんなところから一刻も早くでていってやる。そう宣言すると呆れ顔がだったナイトメアがまた口角をあげて可笑しそうに笑う。不快そうに眉間にしわを寄せれば一言詫びをもらったがどうも釈然としなかった。 「絶対、あんたの思い通りになんかならないから」 「絶対、なんていう言葉を使ってそれが崩れたときの君は見ものだね」 「悪趣味」 「ははっ、いいよ、賭けをしよう」 「負け戦に乗り出すなんてよくやるよ。私なら絶対やらないね」 「そうもいえないと思うけど?それに、乗らなければ話が進まない」 「ま、それもそうだ」 強引に進めてしまうという手もあったはずだが、それを選ばないあたり完璧に面白がっている。全く持って気に入らないとばかりに顔を歪めて睨みつけるがナイトメアはそれでも可笑しそうに笑うだけだった。 「さぁ、ゲームの始まりだ」 *** 今日は時計塔にでもいこうかと、城をでてそこへと続く一本道を歩いていた。あそこに住む嫌味な男にわざわざ会いにいくとは物好きなものだ、と自分でも思う。でもあの男に可愛らしいところがあるのだと気づいてからは足を向けることが多くなった。そのおかげでストーカーの白ウサギはいろいろとうるさいけどガン無視だ。私だって憩いの場が欲しいし毎度毎度あれに付きまとわれるのは疲れるし神経が磨り減る一方だから勘弁して欲しい。静かならまだいいものを・・・、いや、あまりよくないか。それはそれで気持ちが悪い。 つらつらと適当なことを考えながら歩いているとあれだけ遠くに見えていた時計塔がいつの間にか目前へとせまっていた。よく迷わなかったな、と自分に(微妙なことではあるが)感心しながら広場へとでてみれば見慣れない人がたっていることに気づく。 体にぴた、とした服を着ている人。白いシャツ、生地はどんなものかわからないがすらっとしたラインの薄い青色のスラックス。この世界にきてから(あぁ自動的に嫌な記憶も掘り出してしまった)それなりに出歩いているし慣れ初めてはいるが、いまだに街でもどこでも(元の世界にいたときにも当てはまるけど)見たことのない服装に首をかしげる。余所者だろうか。それにしても浮いている。めちゃくちゃ浮いている。服装のせいもあるだろうけど、なんだかすごく浮いて見えた。 時計塔を見上げる後姿を観察しながら声をかけるべきかどうか考える。無視して通り過ぎるという選択もあるのだが、それはなんだか憚れた。というか私が気になって仕方ないのだ、目の前の後姿に。みたこともないということに興味がそそられたのかもしれない。 「こんにちは」 「えっ、あ、はい、こんにちは」 目の前の人が振り向いて挨拶してきた。考えを巡らせながらも視線を送っていれば気づかれるのも当たり前かもしれないが、唐突すぎて驚いた。だけど、そんなことよりも、きれいににっこり笑ったこの人は。 「あの、お聞きしたいことがあるんですけど」 「・・・なんですか?」 「ここって、どこでしょう?」 そういってへにゃり、と困ったかのように笑う人は確実に余所者だ。言葉通りここがどこだかわかっていないということもあるが、それよりもなによりこの人の浮かべる笑顔がありえない。ここの住人として考えるには、ありえない笑顔だった。きれいに、純粋に、例え形が崩れてしまったとしても可愛らしく映るだろう笑顔。何者にも汚されていない、白く眩い笑顔だ。そんな笑顔をもてるような人格をした人は、ここにはいない。存在すらしない。私だって、とうの昔になくしてしまった。 「あの・・・?」 「あ、ごめんなさい」 物思いに耽りすぎたか。首をかしげて声をかけてくる女の人(後ろ姿からはわからなかったが声からしてたぶんそうだろう)に一言詫びた。さて、どうしたものか。放置しておくわけにもいかないだろうし。 「とりあえず、この世界のことを説明するわ。ついてきてくれる?」 「あ、ありがとうございます」 安心したように、あからさまにほっとした表情を浮かべて肩の力を抜いたその人に微笑みながら背中をむけた。あぁ、この人は幸せの中で育ったのだな、と皮肉めいたことを思いながら。 *** あの夢の世界から放り出されたらどでかい塔のまん前で、人なんかいないからどうしたもんだか、とあの夢魔を呪ったものだ。どうしようかこの塔を昇るべきなのかと塔を見上げながらぼうっとしていると後ろから気配を感じたが、どうせ住人が物珍しく見ているだけだろうと放置した。それでも視線が外れないがために仕方ない、とばかりに振り向いてみれば目を丸くして驚く女の子。実に可愛らしい。いや、そうじゃなくて。とりあえずこの世界で過ごすための仮面を被せて挨拶した。掴みは完璧。女の子の眉を寄せて若干歪んだ顔を見る限りはうまいことはまってくれたのだろう。さすが私。作りこんだ甲斐があった。 そして話の流れでこの世界のことを説明してくれることになり、女の子の微妙な心境を感じ取りながら後ろをついていったわけである。もうすでにあの夢魔から説明を受けたなんて記憶の彼方に投げ込もう。そうしよう。どうせなら可愛らしい女の子から聞きたいし。 「アリスさん」 「あなたのほうが年上なんだから、さんなんてつけなくていいわよ」 「そ、そうですか?」 「そうそう、敬語もほら。いいとはいってくれたけど私だけタメ口なんて気が引いちゃうじゃない」 そういって笑う女の子はアリスというんだそうだ。夢魔から聞いてはいたが、本当にアリスなんだ。しかもエプロンドレス。むかし読んだ童話だったかを思い出すが、あの独特の空気からはかけ離れている。というかこの世界も独特なものではあるのだが。アリスという主人公も、まぁ大分違う。どうせあれはただの小説だし、この世界として存在するここと比べても詮無いことなんだろうけど。 「じゃあ、さん付けはしないことにするよ、アリス」 「うん。私もそのほうが気が楽だわ」 階段を昇りながら随分と仲良くなったものだと思う。自分でそういう風に仕向けたということもあるのだけど。ほわほわした笑顔を浮かべた裏でそんなことを考えながら、アリスといろいろ話をした。 この世界にきた顛末(殺気にも似た怒気にはあえて突っ込まなかった)。この世界の住人。お世話になっている場所。今日は遊びにでかけてきたこと。時計塔の主。それはもういろいろ聞いたり聞き返したりした。なんにも知識がないということになっているから(話の流れでアリスがそう認識していることに気づいた)質問しなければ怪しいし、アリスは進んで教えてくれるようなことはない。たぶん、まだそんなに把握しているわけでもないのだろうし、本人自身そう積極的なほうではないからだと思う。きゃいきゃいと騒ぐには両方の性格(自分の場合設定だけど)によりできることではなかったし、ほんわかとした空気(アリスは若干居心地が悪そう)で淡々と進んだ。それでも結構話題というものは尽きないもので、いつのまにかあのうんざりするほど長いとアリスがため息とともに零していた階段を上りきっていた。 「意外と早くついたねぇ」 「そうね、案外話が尽きないものだったわ」 「面白い話も聞けたしね」 「面白くもないわよ、」 はぁ、とため息をつくアリスにそうかな、とだけ返してにこにこ笑った。自分からしてみればこの世界は未知なのだからそれなりに面白いと思う。作っているとはいえ、さっきの言葉は結構本音だった。あぁ、しかし、そんなことよりも。 (面倒なことになったなぁ) まぎれもない本心だった。
焼却処分したい招待状
(2007/06/26/) |