ふ、と目が覚めたときには既に違っていた。なにがかというと部屋が。厳密にいえば空間が、空気さえも違っていた。違っていたというには少し可笑しいのかもしれないけどこれ以上的確な言葉は自分の頭では思いつかないから、やはりここはなにかが”違っている”のだと思う。虹色のような色彩を持ちつつぐにゃぐにゃで、あぁ、言葉では表現しきれない。もともと頭が悪いというか口下手で説明下手ではあったけどそんなこと関係なしにここは誰も的確に表現しきれないだろうと思う。そんな空間になっていた。そこに一人ぽつん、と突っ立ってぐだぐだ考えているわけだが、混乱していないわけではない。混乱しているからこそこう思考を巡らせてどうでもいいことについて考えてしまっているわけだ。人は窮地に陥ると混乱すると世間一般ではいわれているわけだが、自分の場合も当てはまるのである。どうでもいいことについて堂々巡りな思考を展開することで最大限に混乱している、というパターンなだけで。混乱といっても人それぞれな混乱の仕方があり、ある人は叫び倒すかある人は泣き始めてしまうかある人は笑ってしまうか。人の数だけ混乱の仕方があるのではないかと思う。比較的自分はそんな疲れるような混乱の仕方ではないが、これはこれで結構精神的に疲れてしまうから途中で投げ捨てて放棄してしまうことが大半だ。考えているうちに本当にどうでもよくなってきてしまうのだ。思考もどんどん脱線してしまうし。時間がたつにつれ頭も冷えて冷静になってくる。その冷えた頭で現状把握に努めていろいろと行動をどう起こすか割り出していくわけだが。今回はそうはできそうになかった。ぐるぐる頭を回転させ始めてから随分たつけど相変わらずぐるぐる思考を巡りに巡らせているしきちんと考えているようで考えていない、脱線し続けていてそろそろ収拾がつかなさそうだ。ぼけっと突っ立ったまま微動だにせず中空を眺めているなんてなんて怪しいんだろう。そろそろ行動おこさないと。別に自分は怪しい人物になりたいわけではないし、でもだからといってなにをすればいいのか全く分らない。ぐにゃりとした変な空間でやることがあるということのほうが可笑しいような気もする。あぁ、一体全体なんだろう。とりあえず原点に戻ってみよう。ここはどこだ。

「そこにたどり着くまでに随分と時間がかかったね」

 可笑しな子だ、と降ってきた言葉に反応して上を向けば随分と顔色の悪い男が寝そべって自分を見下ろしていた。まさか最初からそこにいたのか。いやでもまさかいくらなんでも気づくだろうよ自分。その前になんで浮かんでいられるんだ人間が抗えない重力というものをとことん無視している一生に一度くらいは浮かんでみたいよどちくしょう。

「おやおや、面白いことを考える子だ」

 まさか思考筒抜けか。

「そうだよ?ここでは隠し事なんて簡単にできないし、私に気づくこともなかなかできない」
「プライバシーゼロもいいところですね」

 今度はちゃんと口に出した。やはり会話というものは互いに声をだしあってするものであるし、ずっとそうだったために思考をわざと読まれながら会話など落ち着かない。というか思考を読まれるなんてそんな状況、体験なんてできるはずもないから当たり前のことなんだけど。
 若干冷めた目で見上げていれば男は遮断しないと情報が流れ込んでくるんだ、といいながら上から降りてきて同じような目線に立ってくれた。それでも身長の差から見下ろされる形になり見上げる姿勢は変わらない。特に気にするようなことでもないから、若干うんざりしながら顔色の悪い男を見上げる。

「ところでここどこなんでしょう。記憶が正しければ寝ていたはずなんですけど」

 そう、寝ていたはずだ。いつものように就寝前に読んだ本を適当に山積みにしてそのままぱたりと、電池がきれたように寝たはずだ。本を積んだところから記憶がないからきっとそうだろう。つけっぱなしの電気は同居人である姉が消してくれるはずであるから問題ではない。だとしたらここは夢となるんだろうか。

「ここは夢さ。夢の入り口であり、出口でもある。誰にでもこれるようで、これない、夢の世界」

 芝居がかかったような口調で笑いながらいう男のいうことはさっぱり理解できない。しかもこのタイミング、また思考を読まれていたようだ。ぎろり、と睨みあげると男は軽く両手をあげてわかったわかった遮断するよ、と仕方なさそうにため息をついて、吐血した。

「ぅげぇ!!」
「げほっ、な、なんだその声は。もう少し可愛らしく驚いたらどうなんだ」

 吐血しながら冷静になにをいいだすんだこの男は。真っ先に思ったのはそんなことだ。だいたい、ため息をついてなんで吐血する。ただ酸素を取り込んで二酸化炭素を吐き出すという人間にとって簡単で生きるためには必要不可欠な生死を分ける必須項目をこなしていただけだというのに、一瞬息を詰まらせたと思った瞬間口から吐き出される人体を駆け巡る液体。せめて咳き込んでから吐血すればいいものを脈絡がなさすぎる。

「き、君の思考回路は理解できないな・・・。奇怪すぎる」
「それはどうもありがとうございます。でも私からみれば貴方のほうが奇怪というか怪しいというか不審者というか変質者というか」
「酷いいわれようだな私も・・・。ぅ、げほっごほっごほっ、・・・あぁ、すまない」
「さすがに放置できるほど人間できていないわけではないんで気にしないでください」

 咳き込みつつ吐血する男に呆れて一つため息をつき背中をなでてやりながら一体自分なにしてるんだろうと思った。いや、本当になにしてるんだろ。いきなり変な空間にきたかと思ったらプライバシーゼロなセクハラうけて態度のでかい男に見下ろされてその男に吐血されて。そしていま背中をなでてやっている。うん、本当なにしてるんだ。順応しすぎでないか自分。順応するしかなかったのかもしれないけど。
 思考を飛ばしている間に男は落ち着いたようで口元を拭いながら礼をもらった。それに再度気にするなと告げて一気に見る目が変わった男をまた見上げる。

「・・・なんだ、その哀れむような視線は」
「あ、いえ、気にしないでください。ただかわいそうだなぁって思っているだけなんで」
「それを哀れんでいるというんだ哀れんでいると。私はそんな視線をむけられるようなことはひとつも思い当たらないぞ」
「あぁ、そうでしたか。それはごめんなさい」
「そういいつつも何故君はそんな申し訳なさそうにかわいそうな子をみるような目で見つめてくるんだ。態度と言葉を一致させたらどうなんだ、全く・・・。君は相当ひねくれているようだね」
「お褒めに預かり光栄至極」
「嫌味を皮肉で返さないでくれないかい」

 にっこり笑った自分に頭痛がするといわんばかりに頭を抑えて男はため息をついた。いつもの自分ならば、たぶんこんなことはしない。まだうまく立ち回っているはずだ。こんな不快な態度をとるようなことはしないし思わない。まだ混乱しているのか、それともこれが自分の素なのか。いまいち判断できなかった。
 ぼんやりと男を見上げていれば仕切りなおしとばかりに男が口を開いた。

「ようこそ夢の世界へ」

 今更かよ。



夢の世界へご招待


(2007/06/26/)