お洒落よりも睡眠をとる私は、基本的に時間のない朝は手で髪を梳くだけしかしない。そのまま髪をまとめて一日を過ごすわけだが、それをみかねたらしいタカ丸さんがせめて伸ばしっぱなしの髪を整えさせてと私を捕まえたのは少し前のことだ。面倒だったから即答で断らせてもらったのだが、何度も諦めず食いついてくるタカ丸さんに根負けしたのはついさっき。今は空き教室に連れ込まれにこにこ笑って髪結いに必要な道具を並べているタカ丸さんが目の前にいる。あぁ面倒臭い。深くため息をついた。 「それじゃ始めるから、ちょっとこっちに来てください」 「はいはい」 すとん、と行儀悪く机の上に腰を落ち着けたタカ丸さんの目の前に背を向けて座る。結い紐を解き軽く頭を振れば感嘆の声が聞こえた。 「なに?」 「いや、こまめに手入れしてない割にきれいだなぁって、」 「あぁ、それなりに気をつけてはいるし」 いくら睡眠を優先するからとはいえ、一応女ではあるし着飾ることに興味がないわけではないのだ。きれいだと思うし可愛いとも思う。でも、柄ではないから女の子たちを眺めるだけだ。実際にそう思っても自分がやりたいわけではない。 「髪だけはね」 「へぇ、先輩は綺麗なのにもったいないね」 するりと違和感なく、溶け込むかのように耳に入り込んできた言葉にお世辞はいりませんと笑って返した。布を巻かれ髪をいじられるこそばゆさに堪えながら、今日の夕飯はなにかなぁと考えた。しゃく、しゃく、と鋏の音が響く。 「まだ?」 「もう少し」 そろそろ食堂にいかないと定食が売り切れてしまうんだけどなぁ。 「できた」 夕飯に思いを馳せていると後ろから満足げな声が聞こえた。しゅるり、と布が取り外される。思いの外軽くなった頭に驚いて髪に両手を突っ込んだ。当たり前だが髪が少なくなっている。そして、少し、短い。ぐるんと勢いよく後ろで片付けをしているタカ丸さんにふりむけば笑みを向けられた。 「先輩のことだから短い方が好きだと思って」 「うん、このくらいの短さが好き」 「良かった」 安心したかのように顔をほころばせたタカ丸さんに息を呑んだ。あぁ、なんか、やばい。じりじりと後退って距離をとった。それに気付いていないのか、気付いたからこそなのか、タカ丸さんはせっかくとった距離を詰めて前髪を軽く掴んだ。額に指が掠る。 「前髪、少し切ったほうがよかったですね」 そのほうが可愛くなったかも、なんていって笑うタカ丸さんに私はもう我慢できなくなって、離れていく手を取った。肩にもう片方の手を押し当て体重をかける。そうするとあら不思議。タカ丸さんは重力に従い後ろへと倒れ、繋がっている私も自然と覆い被さる形に倒れ込んだ。 つまり、押し倒した。 「…」 「…」 目を丸くして驚くタカ丸さん。畳に広がる髪がきれいだ。さすが。 「…どうしたんですか?」 その言葉に我に返る。そして自分がしでかしてしまった事に困惑し混乱して妙な笑みを浮かべるしかなかった。 「先輩」 タカ丸さんが笑う。壮絶な色香を放って。かっ、と顔に熱が集中した。 「どうしたんですか?」 あぁ、もう、わかっているくせに。 「…どうしたんだろうね」 優しく頬を撫で、首裏に回された手に逆らいはしなかった。
落ちてしまったのは性質の悪い男
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