周りが騒々しい。五月蝿い。これから野外実習だというのに少しは緊張感を持ったらどうなんだ。苛立たしげにため息をつけば、隣にいた友人に苦笑された。

「少しは落ち着いたら?」
「これ以上ないほど落ち着いてるけど」
「馬鹿ね」
「馬鹿ですが?」
「いまの状況が不服でも我慢なさいな」
「…」
「くの一教室の実習に参加すると決めたのは自分でしょ?」

 呆れる友人に反論する余地もなく、不機嫌そうに顔を歪めた。
 今回の実習は任務も兼ねており少数精鋭で行うもので、腕の立つくの一が選ばれた。だが欠員がでてしまい他のくの一たちでは荷が重すぎる、というわけでわざわざ私にまでお鉢が回ってきたわけだが、いくらなんでもこれはない。

「私は普段と変わりないって聞いた」
「これが普段だけど」
「くの一の、だろ」
「あー…そっか、それ、聞いてないから不機嫌なのね」

 仏頂面で頷けば、シナ先生も人が悪い、と呟いた。全くだ。

「いくら人員を確保したかったからってこんな騙し討ちは酷い」
「でも、そうしなきゃ断固拒否したでしょ?」
「当たり前」

 私が目指しているのは戦忍だ。断じて寝床を使ったりするくの一ではない。

「まだいいじゃない」
「なにが」
「寝床を使う班じゃないでしょ?シナ先生も考慮したんじゃないかな」

 一瞬考えを読まれたかと思った。事実、読まれたんだろう。ぐっと眉を寄せて口を引き結べば友人は笑った。

「ま、あんたには似合わないというか、向かないね」
「忍に?」
「いや、くの一に」

 だから忍たまに混ざったのは正解だと思うよと、数少ないくの一教室の友人は更に笑う。

「そう思わない?竹谷くん」

 そういって上を向くからつられて視線を上にあげれば、背にしていた校舎の屋根に竹谷がいた。みつかったか、と呟いて軽い動作で目の前に飛び降りる。気付けなかったなんて一生の不覚。内心舌打ちしていれば、友人は先行くね、とくの一たちが集まっているところへと軽やかに去っていった。残ったのは私と竹谷、ただ二人。周りの喧騒が遠退いたような気がした。

「で?なんで竹谷がここにいんの?」

 これから実習なんだけど。そう意味を含めた視線を投げ掛ければあーとか、うーとかいって唸りながらなにやら悩んでいる。雷蔵かお前は。

「シナ先生かくの一の誰かに用事でもあった?」
「いや、お前に会いにきたんだけど」
「あ、そう」

 それで?と先を促せば竹谷は項垂れた。一体何。軽く睨めばため息をつかれた。なんなのさ。

「あー…お前、くの一の実習だろ?」
「そういってる」
「今回の、結構難しいし危険だって聞いた」
「うん。だからシナ先生も同行するし、くの一たちも腕の立つ子ばかり選ばれてる」

「…お前は?」

 質問の意味がよくわからなかった。

は、なんで選ばれたんだよ」
「欠員でたから」

 言い直された問いに簡潔に答えてやるか、それでもどこか不服そうで、もどかしそうで、やはり意味がよくわからなかった。

「なにがいいたいわけ?」
「…お前、俺らと同じこと学んでるだろ。くの一たちの精鋭に選ばれるのは可笑しくないか?」
「しょうがないじゃん。残った子たちで一番腕が立つの、私含めてでも私しかいなかったんだし」

 忌々しげに吐き捨てれば竹谷は黙り込んだ。怪訝そうに竹谷を見れば、ぎゅっと眉を寄せてなにやら複雑そうに顔を歪めている。なんで竹谷がそういう顔をするの。さっきから意味がわからないことだらけだ。

「…、」
「なに」
「……寝床、使うのか?」
「女中に変装して潜入捜査班兼いざというときの突撃部隊でシナ先生との殿係」

 一息で答える。しかしなんとも責任重大な役割を任せられてしまったものだ。重苦しく息を吐き出せば、竹谷はそっか、とだけ呟いた。

「なぁ
「なに」
「死ぬなよ」

 さっきまでの陰鬱な雰囲気はどこへやら。からりとした声と笑顔でそんなことをいう。少し呆気にとられ、でもいつもの竹谷に戻ったことに少し安心して不敵に笑ってやった。

「当たり前」
「ちゃんと帰ってこいよな。みんな心配してるし、待ってる」
「ありがたいね。ありがたくて泣けてきちゃうよ」
「ははっ、お前らしいな」

 互いに笑い、軽口を叩きあったところで笛の音が聞こえた。集合の合図だ。それじゃ、と竹谷の横をすり抜けようとするが邪魔される。行き先を阻む腕を見て、俯き加減の竹谷を見上げた。

「まだなにかあんの?」

「なに」
「帰ってきたら、団子食いにいこうぜ。おごるし」

 突然の誘いに「はぁ?」とだけ返したら「なぁ行こうぜ」、と再度誘われる。別に構いやしないが、どこか切望する声音に引っ掛かる。どうしたんだこいつ。無言で見上げていたら手がのびてきて、指と指を絡ませるように繋がれた。互いの掌がくっついて、竹谷の大きな手が私の手を包み込むように握る。

「なぁ、約束しようぜ」

 やっと見えた顔は笑っているのに、置いてきぼりになった子供のように泣きそうだった。息が詰まる。目を丸くして、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けつつも、どうにかして声を出した。

「約束するよ。団子、食べに行こう」

 握り返した手は更に強く握られた。



するりと離れゆくぬくもりにもう一度触れられるようにと想わずにはいられなかった