ぐたり、と体を横たえていた。外は明るく柔らかい陽射しが降り注いでいる。木の根元で陰からはみ出し、その恩恵を受けている下半身が暖まって気持ちがいい。けど気持ち悪くて仕方がなかった。 目を閉じて全てを遮断する。鳥の声。頬を撫でる風。ひんやりした地面。暖かい太陽。何処からか聞こえる声。近づいてくる足音。 「せーんぱい!」 「ぐぇ」 声と同時に腹部にかかった圧迫感に耐えきれず、思わず変な声をだしてしまった。腹の上を陣取った声の主は女の子がそんな声だしちゃだめじゃないですかーとかなんとかほざいている。 「あのね、不意打ちもいいとこなんだけど。きり丸」 「先輩が油断してるのがいけないんすよ」 寝てるところに油断もなにもあるか。任務中ならともかく、いまは授業もなにもない平凡な昼下がりなのだから気ぐらい抜いていてもいいじゃないか。そんな気持ちをこめてじろり、と睨むがきり丸は面白そうに笑ったままである。聡い子であるから気付かないわけでもないのに。深くため息をついた。 「先輩、先輩はなにしてたんすか?」 「昼寝」 「え、でも起きてましたよね?」 「うん」 「それ、昼寝なんすか?」 「違うかもねぇ」 「えー…結局なにしてたんですか」 「なにもしてないよ」 「なにも?」 「なにも。ただ横たわってただけ」 きり丸を腹に乗せて四肢を投げ出したまま、だらだらと言葉を繋げる。空はまだ青い。憎らしいほどの爽やかさだ。 「死体みたいに?」 「死体みたいに」 からから笑って投げ掛けられる言葉を同じように笑って復唱する。そうすると笑い声はぴたりと止んで、腹の上に置かれていた手が制服を握り締めた。それを一瞥して、さして気にもせずに視線を空へと戻す。次から次へと質問を投げ掛けていたきり丸が黙ることによって戻ってきた静けさに目を閉じた。なにもみえない。遮断する。隠す。あぁ、気持ちが悪い。 「先輩は、」 震えているのに、はっきりと聞こえた声が僅かに存在した静寂を追い出した。 「先輩はなにを考えてたんですか?」 「なにも」 「本当に?」 「本当」 「…」 「…君の思い計れぬことを」 「考えていた?」 「…考えて、思考を巡らせて、嫌気がさしたんだ」 感情のこもらない声で吐き捨てるようにいう。何故応えてしまったのかはわからない。声が震えていたからか。制服を握り締める手から僅かな振動が伝わったからか。真っ直ぐに言葉をぶつけてくれたからか。わからない。目は閉じたまま、静寂を手招きする。 「なにに、ですか?」 近寄ってきた静寂は踵を返した。 「…全てに」 「全てに?」 「現実も」 「現実も?」 「世界も」 「世界も?」 「全て」 「全て?」 「憎い」 「…」 「恨めしい」 「…」 「気持ちが悪い」 馬鹿みたいに復唱されていた言葉が止んで、ゆるりと瞼を持ち上げた。きり丸が後ろに倒れないように腕を掴み、肘をついて上半身を少しだけ起こす。背骨が鳴った。痛い。 「なんできり丸が泣いてんの」 呆れたようにそういえば、俯いて人の制服に染みを残していくきり丸はおれは泣いてません、と存外、はっきりといいきった。怪訝そうに眉を寄せ、ぼたぼた涙を溢してひたすら制服を変色させていくきり丸をみつめる。 「おれは、せんぱいのかわりに、ないてるんです」 「私泣きたい気持ちなんかじゃないけど」 「だから、おれが、ないてるんです」 「…」 「せんぱいがなかないから、おれが、なくんです」 嗚咽を噛み殺し、それでも漏れる声を聞きながら震える子供をみた。これだから、これだから子供は。きり丸のように聡い子供は。 放っておけば良いものを。気付かないふりでもすれば良いものを。みてみぬふりすれば良いものを。 直球で感情を伝える子供は、いつから私は。 「泣かないでよ」 「せんぱいがないたら」 「泣けないよ」 あぁ、いつからこんなにも感情を現す術を見失ったのだろう。 「人に泣かれたら、どうすればいいのかわかんないんだ」 きり丸を引っ張り、抱えるようにして後ろに倒れた。しがみついて顔を押し付けられている部分が冷たくなっていく。目を閉じる。 「せんぱい、せんぱい、おねがいですから、 」 世界を追い出し遮断しても、耳には子供の声が響いた。
貴方のために泣くから、どうかどこにもいかないで
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