幸せについて考えてみた。そして行き着いた結論は、幸せって案外安いものかもしれない、ということだ。それを真面目にいってみたのに、竹谷はげらげら笑ってなんだそりゃ!なんていうもんだから一発殴って黙らせた。それでも笑いはおさまらなくて、じろりと睨めばそこに行き着いた過程は?とやはり笑って問いかけてくるから諦めてため息をついた。
 つらつらと巡らせた思考だからあんまり覚えていないし、取り留めのないものだ。私は甘味を食べれば美味しくて堪らなく嬉しくなるし、実習後に食べたら特に生きててよかったって思う。一年は組を筆頭に後輩たちを可愛く思うし、頼られれば嬉しいし、何気無い世間話やくだらない喧嘩、一緒に遊ぼうと誘われること、どれも平和だなぁとしみじみ思ったのはそう遠くない過去だ。そういうのをふと思い出して、考えて、思い至った。
 幸せとは案外安いものかもしれないと。

「へぇー」
「自分から聞いといてなに?つまんねぇとかぬかしたら殴る」

 お茶をすすりながら竹谷を横目で睨む。お饅頭を頬張る竹谷は阿呆面だなぁ。口内に含んだ分を飲み下したら、呆れたように口の端についたあんこを拭ってやった。軽くいわれる礼には適当に返して指についたあんこを舐める。程よく甘くて美味しい。隣から突き刺さっている視線に構わずへらり、と顔を崩した。

「…ま、俺からしちゃ幸せに高い安いをつけるのは面白い発想だと思うな」
「そうか?」
「そうだろ。人の感情や価値観に左右されるそんな不確かなもんに高いだの安いだの、不毛だろ」
「それもそっか」

 頷いてまたお茶をすする。思いの外現実的というか、割りきった考えを持っている竹谷に驚いたけど、この学園にいればそうなるのかもしれない。事実、私もいわれて納得した。いろんな現実をみて体験して、もう夢なんかみる時期は終わったってか。それはそれで寂しいところがある。ような気がする。二個目になるお饅頭に手をつけて、ほんやりと思った。

「じゃあさ、竹谷は幸せとはなんだと思うよ」
「あ?俺?」
「そ」
「なんでまた」
「んー、私は日常に幸せを見い出したけど、竹谷は何に見い出すか気になった」

 横を見れば目を丸くしてこちらを見ている竹谷と視線がぶつかった。別にわざわざ逸らすようなこともないしそのまま見上げていたらふい、と竹谷は視線を前に逸らしたからつられて私も前をみる。竹谷考えるように唸って、お饅頭を頬張った。

「例えば、」
「例えば?」
「みんなと馬鹿やってるときとか」
「あー楽しいよねぇ」
「こんな風にとのんびり過ごしてるときとか」
「甘味は癒しだと思うな」
が隣にいるときとか」
「…微妙じゃね?」
が笑ったときとか」
「ちょっと待て」

 いちいち相槌をいれながら聞いていれば変な方向へと流れるもんだから思わず制止をかけてしまった。怪訝そうに見上げる私に竹谷はにかっと笑ってどうした?なんて聞いてくる。いやいやお前がどうした。

「なにそれ。まるで私が幸せを運んでるみたいじゃん」
「違うのか?」
「えー…意味わかんなーい…」
「事実、俺はお前さえいりゃ幸せだって思うぜ」

 いまだってそうだ、とかいって破顔する竹谷をぽかん、と見上げる。なんかもう告られてるようにしか聞こえないんだが。なんだこれ。

「告ってんだっつの。気付け」
「え、あ、まじで?って心読むな」
「顔に書いてある」
「おっとそれは油断した、じゃなくてあんた、顔あか、」
「だぁぁぁあみんな!」

 目を丸くして見上げたままでいると竹谷が赤くなっていって、最終的に耳まで赤くなった。そして突っ込んでみれば見るなと叫んで片手で顔の上半分を掴まれる。微妙にじっとり湿っていて、緊張していたことを知った。

「ちょ、さすがに痛い」
「我慢だ。お前ならできる」
「できるけどしたくない!」
「…で?」
「なにが?」

 視界が塞がれたままでもがっくり肩を落としたのがわかった。

「お前、この流れでそれか…?」
「あ、いや、うん、なんかごめん」
「いや、いいよ。鈍感なお前に遠回しすぎたんだな。はっきりいうわ」
「うん?」
「俺、お前がすき」

 一呼吸置かれていわれた言葉。相変わらず視界は塞がれたままだったけど、真剣で真摯な気持ちが伝わってきた。視界が塞がれていたからこそ、余計に強く。一気に熱が顔に集中する。熱い。

「え、あ、あれ?」
「…?」
「竹谷、いや、あの、その、」

 顔が熱い。顔だけと言わず体全体が熱を帯びている。外されようとする竹谷の手を両手で必死に掴んで食い止めた。なんだか外されては、恥ずかしい、気が、する。

「…、お前、」
「な、何さ!」
「いや、ほんと可愛いな」
「しみじみいうことかそれ!!」

 思わず吼えた。悪い悪い、とはいうけど声が笑っている。視界を塞いでいた手をゆっくり外されて、光が差し込む眩しい世界で竹谷はやっぱり笑顔だった。下から睨んでぐ、と唇を噛み締める。なんでこんな恥ずかしい思いしなきゃならないんだ。

「唇切れるぞ」
「誰のせいだよ」
「俺かな」
「お前だよ」
「で?」
「なんだよ」
「その反応は、期待していいってことか?」

 少し情けない笑みで問われ、思わず掴んだままの竹谷の手を強く握って俯いた。竹谷は握り返してこない。まだ答えをだしてないから。なんだよもう。なんでそんなこというんだよ。驚いたじゃないか。泣きそうになったじゃないか。気付いちゃったじゃないか。
 ぐ、と唇を噛んで我慢したけど、ぼろぼろと涙が溢れだしてしまった。何も言わずに黙って、優しく涙を拭ってくれる竹谷にまた涙がでる。あぁ、もう。

「…なぁ、そんなに噛むと本当に切れるぞ」
「いいよ。いっそ切れちまえ」
「お前なぁ、」
「・・・切れたら、」

 ぐずぐず鼻をならして、掠れた涙声で言葉を遮った。

「切れたら竹谷に治してもらうし」

 俯いたまま顔をあげられない。ぎゅ、と目を閉じたらたまった水分が落ちていった。何もいわない竹谷に緊張しているせいか、体が震えて仕方ない。

「…っはは!わかりにくっ!」
「なっ竹谷!」

 突然笑い出す竹谷に弾かれたように顔をあげて吼えたら、手を握り返された。強く、強く。驚きのあまり肩を揺らし、一度握られた手をみて竹谷へと視線を移せば、笑いすぎで涙ぐんでいた。この野郎…。ぎらり、と迫力のない真っ赤な顔で睨む。竹谷は目元を擦って笑い、繋がれた手を目線の少し下まで持ち上げ、心底嬉しそうに、また、笑う。

「これからよろしく、恥ずかしがり屋さん」

 言葉に詰まり、何度も口を開け閉めさせて俯いた。なんでそんな嬉しそうなんだよ。恥ずかしがりってなんだ。そんなのなんかじゃないし。いろいろいいたいことはあったけど、とりあえずは。

「…よろしく。照れ屋さん」
「ははっ、には負けるから!」

 くしゃり、と顔をくしゃくしゃにして笑う竹谷にとりあえず一発殴ってやった。



君の気持ちを聞いたとき、死にたいくらいに嬉しかったなんて教えない!


「あ、そうだ。名前で呼んでよ」
「…なんで」
「またひとつ幸せになっから」
「…恥ずかしいやつだな、ハチは」
「照れて名前を呼べないとお似合いだろ?」
「なんでわかったんだよ!!」