寒い。凍えそうだ。ずず、と鼻をすすって体を震わせた。あまりの寒さに震えは止まらないしついでとばかりに手と鼻の頭は赤くなるし、なにより肌に突き刺さる寒さが痛い。

「だらしないぞーー」
「体力とクソ力が取り柄の馬鹿と一緒にすんな」

 白い息を吐き出しながらそう返すも、寒さに凍えているせいか全く以て覇気がない。いつもよりか細い声に軽く舌打ちしてじろり、と小平太を睨む。

「何故。どうして。見事に冷え込んだ日も昇っていない朝方に連れ出されなならんのだ。答えよ小平太くん」 「それは私がと朝練したかったから!」
「はい却下!!」

 にこー、と元気よく答えた小平太を鬼気迫る剣幕でばっさりきって、くるりと背を向けた。いまなら間に合う。もう少し寝よう。

「えぇー?!一緒に鍛練しようよー!」
「いやだ!寒い!寒さに殺される!私はまだ死にたくない!!」

 二人でぎゃあぎゃあ叫びながら腰にすがり付く小平太から逃れようと踏ん張るが男と女の差は歴然なもので、引っ張る小平太を引き摺ることもできない。ていうか制服伸びる伸びる伸びる。

「離せぇぇえ」
「やだ!」
「どこの駄々っ子だ!餓鬼!!」
のほうが年下じゃん!」
「精神年齢は私のほうが高いわ!寒い!まじ勘弁して!死ぬ!」
「死んだらだめだよ!生きて!」
「生きたい!」

 日も昇らない朝っぱらから実に迷惑なことである。絶対あとから仙蔵あたりから嫌みたっぷりな棘だらけの苦情を頂くことになるだろうけど、いまはそんなことに気を配っている余裕はない。こちらは暖かい布団を確保しようと必死なのだ。

「大体寒いくらいならどうにでもなるって!」
「どうや、っぎゃあ!」

 均衡していた(小平太が手加減していたに決まっているが)力比べは小平太が一瞬だけ力を緩めることによって崩れ、思わず前のめりになり地面とご対面しそうになったけどまた小平太に引かれることよりそれは阻止された。バランスをとれているはずもない私は後ろに倒れこむことになり、後頭部を小平太の分厚い胸板にぶつけることになる。まじいてぇ。

「へへっ」
「…笑ってないでさ、ものすっげ痛いんですけど」
「私も痛いよ。の石頭」
「お前の胸板硬すぎるんだよ。てか離せこら」

 腰に回された腕をべしべし叩くがそんなことなどお構い無しに腕の拘束はきつくなり、肩に小平太の顎が乗せられ後ろから完璧に抱き込まれた。ぐぐっ、と前のめりになる。なにがしたいんだこいつ。

「助平ー変態ー痴漢ー」
「ひどい!」
「ハンッ、どこが」
「えー、でも、これで寒くないでしょ」

 首筋にかかる息と髪の毛が鬱陶しくて思わず眉を寄せてしまったが、確かに背中から伝わる温もりのおかげで若干寒くはなくなった。寒くはない、のだが。
「これじゃ鍛練できないけど、どうすんの」
「そうだね」
「よし、私は邪魔にならないようあっちの布団にいるから小平太は鍛練しておいで!」
「やだ!こっちのほうがいい」
「痴漢変態!」
「ひどいよ!」
「どこが!!」

 お前のほうがひどいよ!と叫ぶが小平太の腕は緩むこともなく、抜け出すことなんてできるはずもない。しばらくばたばた暴れていたが、小平太は相変わらずびくともしないし逆に押さえ込まれるしで諦めたように深くため息をついて項垂れた。日は既に半分ほど顔を覗かせている。

「眠い…寝かせてよ…」
「んじゃ寝よっか」
「あのな、お前が朝練やるとかいいだした、うひえぁ!」
「変な声ー」

 そうからから笑う小平太はいきなり私を横抱きにして部屋へと向かった。もちろん、私の部屋だ。何事かと小平太の首にすがり付いたままでいたらそのまま布団の中に侵入。小平太に真正面から抱き締められてそれじゃおやすみーなんていう言葉が降ってきた。ちょっと待てよ。

「どういうことだこれ」
が眠いっていうから、二度寝」
「そのくらいわかる。私がいいたいのはなんでお前と同衾してんのかってことなんだけど」
「それは私がしたかったから」
「ふざけんなぁぁあっふが」

 思わず叫べば煩いとばかりに胸板に押し付けられた。なにこの仕打ち。私はただ布団で伸び伸びとゆったり眠りたいだけなのに!

「静かにしてよねー、眠れないよ」
「こっちの台詞なんだけどそれ!」
 とろん、と瞼が閉じかかっている小平太を睨みつつ、両手で彼の胸板を押して離れようとするが腰のあたりでがっちり拘束されているために上半身を仰け反らせることしかできない。ちくしょう。このクソ力め。

「もう諦めて寝なよ」
「誰のせいで寝れないと思ってんの」
?」 「いっぺん死ぬか脳筋塹壕馬鹿」
 もう目を閉じてしまっている小平太から寝息が聞こえるのは差ほど遅くはなく、仕方なく諦めて大人しく寝ることにした。

「安眠は期待できそうにないな…」

 しかし人肌とはこんなにも気持ちのいいものだったか。ゆるゆる包み込むように襲いかかってくる睡魔に目を閉じ、ぼんやりとそんなことを思った。



程よいぬくもりにどこか泣きそうになったのは秘密だ