ふと音を拾って、右手方向へと目を凝らせば竹谷と噂の彼女がいた。私たちの中でも時間の問題だろうとか、話題になっていた二人。なにやら竹谷が勘違いしていて面白いことになっている、と冗談混じりで鉢屋がいっていたのを思い出した。

「あ、逃げた」

 竹谷が慌て追いかけている。彼女は結構素早いから捕まえられるかどうか微妙なところだろう。

「どう思う、兵助ー」
「はっちゃんはやる男だ」

 目の上に手をかざして見送り、なんとなしに話しかけても兵助に驚いた様子はなく、同じ方向をみながら茂みからでてきた。気付かれているのに気付いていたか。さすがだな、と思う。横目で兵助をみて、視線を戻した。

「捕まるのも時間の問題かー」

 ついにくっつくのか。からかう材料が増えたなぁ、とのんびり見ていれば兵助が隣に並ぶ。ぱしん、と手首を捕まれたけど反射的に弾き返して距離をとった。

「あー…油断も隙もないな、全く」
「いや、俺鬼だし。は逃げる側だろ?」
「そうだけど、いつも通りすぎて忘れちゃうなぁ」

 ため息をついて頭をかいた。兵助一緒にいることが当たり前すぎて、隣に来ても警戒するのを忘れていた。いまは鬼と逃げる側なのに、意識を切り替えないと。あぁ、でも。

「兵助、全然捕まえる気なかっただろ」
「ん?いや?あるぞ?」

 にひひ、と笑って断定的に聞いてみれば普通に否定された。その即答に一瞬だけ目を丸くして怪訝そうに眉を寄せる。

「んじゃさっきのはなに?全然力入ってなかったじゃん」
「あぁ、あれははっちゃんがうらやましくて、つい手がでてしまったんだ」
「はぁ?」

 うらやましいとな。いいたいことがさっぱりわからない。 うーん?と唸って首を傾ければ兵助は微笑む。あぁ、こいつ可愛いな。一瞬見惚れてしまった。不覚。

「鬼ごっこだし、鬼いっぱいいるしさ、だからだけは俺が捕まえようと思ってたんだ」
「…へぇー」
「だけどはっちゃんのあれみたら、仕方ない」

 じり、と無意識に足が下がる。その分近づいてくる兵助は笑ったまま、私を追い詰める。何故か逃げようと思わなかった。

「あれをみちゃったらさ、鬼としてだけじゃなく、男としてを捕まえようとか思っても、仕方ないだろ?」  つまり感化されたと。そういいたいのか。じりじりと後退していれば背中が木の幹にぶつかる。もう下がれない。兵助はもう目の前。顔の横に手じゃなく肘をつかれて、顔が近い。近すぎる。あれ、兵助ってこんなに格好よかったっけ。

「ん?」
「…仕方ないだろ、じゃないっての」
 にっこり笑う兵助にため息をついた。あぁもう、仕方ないのはこちらのほう。兵助を真正面から見据えて、なんとか笑う。

「なぁ、知ってた?」
「ん?」
「私、随分前から捕まったままなんだけど」
「ははっ」

 互いに笑って掠めるような口付けをひとつ。

「知ってた」



あぁなんて愛しい人!