誰もかれもが苦い顔をしていうが、初めて言われた人間は面白そうに笑っていた。




「お前はまるで死にたがりの狐のようだ」

 昔、そんなことをいわれたのを思い出した。そのときは意味がわからなくて鼻で笑ってやったけど、いまならわかる。気がする。そう、私はもしかしたら死にたがりだったのかもしれない。

「狐っていわれたところ、引っかかるけど、さぁ」

 いい得て妙。親友に話してみればそう即答されて、問い詰めても白を切り続けるばかりで教えてはくれなかった。私を狐と例えるならば、親友のほうはどうなるというんだろう。狸か?となるとあの軍師は九尾ってところか。いやいや、何の話。
 がらん、と手に持っていた小太刀が落ちた。ぬるり、と血が腕を伝い落ちていく。急速に体温が失われていく。あぁ死ぬのかな。そう思った瞬間、足の力が抜け、ずるずると座り込んだ。背もたれにしている木には大量の血がへばりついている。

「君という人は、もう少し周りに気を配ってはいかがですか」

 聞こえてきた声に顔をあげようとも、既にそんな力は残っていなかった。力なく首を垂れたまま、口角を持ち上げる。

「適任は私だったじゃん」
「そうかもしれませんが、神子は生きて戻ることを条件とした。その条件が含まれれば君は不適当でしたよ」
「そうかもな。まさに、いま、しにかけて る」

 あの状況、現状、全てを考えれば仕方のないことだった。逃走経路を確保するには、無事に逃げ切るには囮が必要だった。あの中で適任だったのは自分のほかに誰も居ない。だから買って出た。別に死ににいくわけではなかったけど、他の人が死ぬような目にあうくらいなら、私が。その思考が望美にはわかっていたのかもしれない。だから生きて帰って来いと約束をさせたのかもしれない。あぁ、それならば、本当に、自分は不適任だ。

「随分、まえに、死にたがりっていわれたよ」
「・・・いいましたね」
「弁慶のほかにも、いわれた」
「・・・」
「私さ、死ぬのはこわい、けど、しにたかったのかも、しれない」

 何故って?そんなの知らない。ただきっと、漠然と思っていた。あの時から、誰かが死ななければならないときは、真っ先に自分が死んだほうがいいのだろうと、なんとなく思っていた。望美が死ぬくらいなら、九郎が死ぬくらいなら、将臣が死ぬくらいなら、景時が死ぬくらいなら、リズ先生が死ぬくらいなら、敦盛が死ぬくらいなら、譲が死ぬくらいなら、朔が死ぬくらいなら、白龍が死ぬくらいなら、ヒノエが死ぬくらいなら、弁慶が死ぬくらいなら、―――が、死ぬくらい、なら。
 きっと、私が死んだほうがいいのだろう。

「私はきっと、本当に、"死にたがりの狐"だったんだ」

 いまならわかる。九郎が、景時が、将臣が、弁慶が、死にたがりだと自分に告げたことも。いつかのあの言葉も。事実だった。紛れもない真実だった。
 視界が霞む。音が遠い。あぁ、褒められた人生を歩んできたわけではないけど、むしろ底辺を歩いてきたけど、自分のことばかり気にして生きてきたけど、最後の最後で誰かのために死ねるって、きっと、いいことなんだと思う。本当に最期だけど、怖いけど、私の最期としては上出だろう。

「僕が君を、死なせはしません」

 目を閉じて薄れていく意識の中、そんな声を聞いたような気がした。


別にいいんだよ死んだって、あなたたちが生きてさえいれば。


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(執筆/2008/02/03/...再録/2012/02/10)