「午後からは一年い組と一緒に授業を受けることになっているので」 ではまた、とは軽く頭を下げて自室へと戻っていった。食事をしながら話したときも思ったが中々にできた子だと思う。妙に落ち着いているところから俺よりも年齢が上なのだろうか。限りなく少ないとはいえ編入してくる人の中には年上の人がいることもある。いまのところ知るのは一人二人程度だが。 笑顔で手を振り返し伊賀崎と並んでとは別方向に向けて歩く。は三年い組の忍たま長屋の外れに位置する場所に一人部屋を与えられていた。まぁが編入したことで奇数人数となってしまったがために仕方のないことなのだが、その自室の位置がくのたま教室寄り、つまり教室から遠いのである。編入したてであるためいろんな学年の教室にお邪魔することになるだろうに不便だろうなぁ。現に先ほども半ば駆け足であった。自室へと一年用の忍たまの友でも取りに戻りそこから一年い組の教室へ、か。急がなければ遅れてしまうだろう。学園の見取り図を頭に浮かべ苦笑した。 「…藤内」 「ん?なんだよ」 それまで黙々と歩いていた伊賀崎が口を開いた。聞こえてきた声は若干硬く、低い。そのことに眉を寄せながら聞き返せば伊賀崎は一拍ほど置いて、また口を開いた。 「い組は午前、実習だったんだ」 「へぇ」 「それにはもちろん、も参加していた」 「…それがどうかしたのかよ」 座学はわかる。学年があがるごとに教科書が変わるし、内容も習ってきたことを積み重ねているからこそわかるような仕組みになっている。そのため、積み重ねてきた学がない編入したてのは下級生に混ざり、という指示を受けているのは理解できる。実際にそういう事例が一つ上の学年で存在していることを知っている。だから、別にそこまで考え込むことがないはずだ。伊賀崎がどこで引っかかっているのかよくわからなかった。 「ここ数週間、ずっと実習だった」 「らしいな。学園長の思いつきで三年生の実習強化期間だったんだろ?うちの組もほぼ、実習しかしてないぜ」 「あぁ、だから気づかなかった」 「何をだ?」 いつの間にか俺たちの足は止まっていた。伊賀崎と向かい合うようにして立つ。思案顔で真剣な伊賀崎。怪訝そうな俺。何をそんなに気にしている? 「僕はと組むことが多かったんだ。だから、に座学の知識がないなんて思わなかったんだ」 「…なんだと?」 目を丸くする。い組でも優秀な伊賀崎がいうから間違いはない。 「確かに実習でわからないところはよく聞かれた。でもそれは何気ない些細な勝手のことが大半で、実習内容は僕と同等の成績を残しているんだ」 そんなやつに座学の知識がないなんて思えない。そう伊賀崎はいう。確かにそうだ。実習だって多少の座学の知識がないとこなせない。現に四年にいる編入生は実習でも度々下級生のところにお邪魔しているようだ。なのににはそれが、ない?同じ編入生だというのに?そんな馬鹿な。 「周りは僕と組んでいたからだと思っているようだがそれは違う。には確かな実力があるんだ」 「…なるほどねぇ。だから"い組"なのか」 噂にはもう一つある。には教えていない噂、というか囁かれている疑問が一つ。それは"編入生であるのに何故い組なのか"、である。 統計ではあるが、い組は優秀な生徒が集まることが多い。実際には優劣などで組み分けされているわけではないらしいが、自然とそうなるらしい。一番顕著なのは現一年生だろう。そのことはこの三年生にもいえるのである。だから編入生がい組に来たということ自体が驚きなのだ。 「いろいろと面白い編入生だな、孫兵」 「確かにな」 「否定はしないんだ?」 「否定する要素がないだろう?」 全く持ってその通りだ。笑い声をあげれば伊賀崎も笑う。 「しかし気になるよなぁ」 「こうして考えていても仕方ないだろう」 「確かにそうだけど、」 「本人に直接聞くしかあるまい」 「あ、やっぱりそうくる?」 「他に手はあるのか?」 「ないな」 聞いたら普通に答えてくれそうだよな、と伊賀崎にいえば、そうだな、と言ってまた笑った。 *** 「え?なんで実習は的確にこなしていたのに座学は別なんだって?あぁそれはうちの、親が元々忍者で幼い頃からいろいろ仕込まれてきたからなんですよ。今回の編入も時期は多少ずれてしましましたがうち以外の世界を見たほうがいいってことで放り込まれたんです。なので実習はこなせますが、座学はわからないことが多いですし下級生に混ざるようにっていう指示を受けているんです。しかし二人して夜中に突然尋ねてきたかと思えば一体何なんですか?」 本当に普通に答えてくれちゃいましたよ。驚いてはいるが。 「あぁついでです。酒盛りでもしますか?」 そして笑顔で酒瓶を取り出したあたり中々の悪のようです。 (2009/08/08/) |