医務室で新野先生の手厚い治療を受けて早々に後にした。どうやら毒抜きを手早く行ったおかげで薬などは飲まなくてもいいらしい。よくやった自分。薬は苦手だ。
 そのまま教室へと戻るのかと思いきや、伊賀崎が戻りがてら学園内を案内するから、といって学園内を見回ってから戻ることになった。授業に間に合ないんじゃないのかと問えば即座に間に合わないなんて返ってくる。それじゃだめだろ。呆れたようにいいんですか、と重ねて問えば別にいいんじゃないか、なんて適当な言葉が返ってきて呆気にとられてしまった。伊賀崎、お前、思いのほか適当だな。
 そうして伊賀崎の先導で学園内を見て回った。食堂、第二運動場、学園長の庵に続く道、くの一教室のある方向など、いろんなことを教えてもらった。どうやら伊賀崎は自分のことを男と勘違いしているらしく、くの一には気をつけろと苦々しく語った。やはり伊賀崎も一年生のころにくの一の洗礼を受けていたらしく、内容は、まぁ…酷いものだった。くの一、いや、女はいつの時代も怖い。そう再認識した。
 学園内の散策が終わる頃に丁度よく鐘が鳴った。それは午前の授業が終わったことを示し、昼食の時間だと告げているのだと伊賀崎がいう。つまり授業に戻れなかったということだ。転入初日から授業をさぼることになるとは。土井先生、ごめんなさい。若干遠い目をしてそう思った。そのまま成り行きで伊賀崎とご飯を食べて午後の授業へと参加した。伊賀崎とはぽつりぽつりと話してはいたが二人の間では沈黙が多かった。でもそれはいやなものではなかったと思う。
 その日から伊賀崎と行動することが多くなった。


***


「伊賀崎」

 今日も今日とて伊賀崎と食堂へと続く道を歩いていた。そうすると後ろから声をかけられ、呼ばれたのは伊賀崎だけだったが反射的に振り返った。そこには前髪が特徴的な見知らぬ子供がいた。初日に騒動を起こしたとはいえ既にクラスにも溶け込み始めていたしクラス内の子たちの名前と顔は覚えていたので違うクラスの子だというのはわかる。しかも伊賀崎と呼んでいたから友達なんだろう。クラス内では多少浮いている伊賀崎と友達で前髪が特徴的で全体的に癖っ毛とくればあいつしかいない。
 浦風藤内だ。

「いまから飯か?」
「あぁ、そうだ。お前もか?」
「あぁ。一緒に食おう、ぜ、」

 足を止めた自分たちに笑顔で近づいてくる浦風と目が合った。ぺこり、と小さく会釈すれば会釈し返してくれる。うんうん、いい子だなぁ。伊賀崎を見あげた。

「伊賀崎さん、自分は一人で食べるんでお二人で食べ、」
「何故だ?」

 いや、何故と申されても。空気読め。

「いや、いいよ。俺は遠慮しておくわ」
「お前までそんなことをいうのか」
「いや、あの、自分が一人で食べるんで、えーっと…」
「ん、あぁそうか。俺は三年は組の浦風、浦風藤内」
「あ、はい、自分はといいます」

 よろしく、と笑顔で差し出された手を同じような言葉を言い返して握る。可愛らしい顔して思いのほかごつごつした手にそういえば努力家だったなぁ、と思い出した。そしてそのままするり、と手を離そうとすると強く握られて眉をよせて浦風を見上げた。満面の笑みの浦風。何を考えている。

「伊賀崎が三人で食いたいみたいだからさ、一緒に飯食おうぜ」
「は、はぁ、じゃあ手を離してもらいたいんですが、」
「あんた、逃げそうだったし」

 うん、まぁ邪魔かなって思って逃げようとは思ってましたが。バレている。中々に侮れないようだ。

「ほら伊賀崎、これでいいだろ?だから機嫌直せって」
「別に不機嫌なわけじゃない」

 しかめっ面でそういっても説得力はないと思うのですが。隣に立っていた伊賀崎の顔を見て唖然としていれば先に行く、といって伊賀崎が食堂へと歩いて行ってしまった。な、何が起こったんだ一体。伊賀崎が不機嫌になるような要素なんてどこにもなかったと思うんだけど。
 呆然と伊賀崎の後ろ姿を見つめていたら浦風が噴き出した。お前もか。

「…どうしたんですか」
「ぇえ?」
「突然噴き出したりして。伊賀崎さんも伊賀崎さんでなんで不機嫌なのか…」

 全く、難解な。ぎゅっと眉をよせて腕組みをし、溜息をつけば目を丸くした浦風がまた吹き出して本格的に笑い出した。何なんだよ一体。

「ははっ、あー…、君たちさ、噂なんだよ」
「噂ぁ?」
「そ、個人行動大好きな毒虫野郎が最近顔の可愛い転入生を連れ歩いているってね」
「はぁ」

 なんちゅう噂だ。

「あいつは基本的に人に無関心だからな。俺たちは切欠があってつるむ様になったが、さんはここに来て間もないだろ?」
「そうですね」

 数週間ほどしか立ちませんが。

「だから珍しいんだよ」

 そういって浦風は笑った。その笑顔はどこか嬉しそうで、あぁ心配しているんだなぁって悟るには十分だった。

「つまりその噂の真相を確かめようと声をかけたら自分もいたってことですね」
さんって察しがいいね」
「そりゃまぁ、それなりに生きてますから」
「俺らと変わんないのに」

 面白い子だね君は、とかいってまた浦風が笑った。機嫌がいいらしい。でもいい加減食堂にいかないと伊賀崎が拗ねてしまうんじゃなかろうか、と思ったので行きましょう、と簡潔に述べて歩き出した。当然のように隣を浦風が歩く。食堂には不機嫌そうに仁王立ちした伊賀崎が待っていた。遅い、という彼に自分たちは平謝りして結局はご飯を三人で食べて、そのまま午後の授業をさぼった。お前ら本当に適当な奴らだな。まぁ互いに自習だったから良かったものの。
 そして今日、どうやら友達が一人増えたらしい。






(2009/07/20/)