二年がたった。あれから山にこもって自給自足の生活をしてみたりお屋敷に奉公にでてみたりして生き繋いだ。世の中にはいろんな趣味の人がいるわけで、殴られもしたし蹴られもしたし、まだ小さいというのに貞操の危機にまで晒された。どこにいっても人で鬱憤を晴らす人がいるものだから碌な食べ物を与えられなかったおかげで二年たった今でも体は全くと言っていいほど成長していない。そのおかげで貞操云々のところはかろうじて免れてはいる。どうやら幼女趣味であっても自分ほどの年齢ではいろいろ不都合があるらしい。実際年齢を教えてしまえば即、喰われそうではあったけども。こんなときだけ幼く見える自分の顔には感謝である。しかし将来を考えると成長はしてほしいところではあるのだが、今を生き抜くためにはこの現状を抜け出すまでこのままでも仕方のないところだろう。そう思う。子ども一人が生き抜くためには厳しい世の中なのだ。それを考えるときり丸って本当に偉いなぁ、としみじみ思うのだ。
 ぼんやりとそんなことを考えていたらいつのまにか家の前まで来ていた。おじいさんとおばあさんと一緒に過ごした、村はずれにある小さな家。村はあの日、焼け落ちたままで存在していた。まともな家屋など一つもなく、無残な姿を晒して不気味なほどに静まり返っている。誰も近寄らないのだろう。まぁこのような人里離れた廃村に用もなければ近づくこともないだろうから、当たり前と言えば当たり前か。

「…帰って来ました」

 柱しか残っていない家を見上げる。いまでも鮮明に思い出せるあの辛くも楽しかった日々。生き逃れてこの二年、世界は理不尽で構成されているということを教えられました。それでもその中で己なりの在り方を探して生きなければならないのでしょう。この中で幸せを探していかなければならないのでしょう。それは確かに存在していたのだから。

「なんて湿っぽくなってみたけど、おじさんたちは誰ですか?」

 柄にもなく感傷的になり浸っている光景に油断したのかどうなのか、声をかければ驚いたような気配が伝わってきた。くるり、と振り向けば観念したかのように目の前の茂みから男と、少年が現れる。男は困ったかのように眉尻を下げ、少年は驚いたような顔をしていた。

「すまないな、お嬢さん」
「いえ、このような廃村に何か用事でも?」

 とんだもの好きがいたもんだ。そう思いつつ、眉を寄せて怪訝そうにすれば男は本格的に困ったかのように頭をかいた。少年は少年でこちらをずっと見ているし、居心地が悪いったらない。

「実は、私はこの村の出なんだ」
「そうなんですか」
「それで、君が目の前に立っている家に私の父と母が住んでいたんだ」

 なんだって?

「あぁ、やはり君がそうなんだね。私の父と母の孫、というのは」
「…とにかく詳しい話を聞かせてもらえませんか」

 どうやら心底驚いた、という感情がそのまま顔にでていたらしく、男は安堵したかのような表情で、それでも面白そうに笑った。そのことに眉を寄せて詳しい説明を求めてみれば手招きされて少し離れたところの焚火の前に誘導される。どうやらご飯を作っていたらしい。魚の焼けるいい匂いがした。
 焚火を囲んで、丁度三角形の形になって座る。

「どこから話そうか…。まぁ、私があの父と母の子供、ということになるんだけどね」
「はい」
「その父と母に数年前、あぁここが焼け落ちてしまう前のことなんだが、手紙をもらったんだ」
「はぁ」

 そういえば珍しく手紙を書いていたことがあったか。

「その手紙には父と母に孫ができたと書いてあった。でも父と母の間には私しかいない。私も、この子、幸太しかいない」
「そうなんですか」

 ちらり、と少年、幸太を見れば目が合い軽く会釈される。なかなかにできた子供だ。もちろん会釈し返した。話は続く。

「続きを読むと、どうやら子供を拾ったとのことだったんだ。そこからずっと、その子供についての感想、というか、じじ馬鹿を発揮した内容でね、大体三枚くらい続いていた」

 なにしてんのじいさま。

「…あぁ…、そう、なんですか…」
「随分と可愛がっていることだ、と思ったよ」

 男が目じりを下げて優しく笑う。気恥ずかしくなって、でもそれを気取られるのもいやだったから笑ってごまかした。男が口を開く。

「手紙の最後に顔を見せろとあったから、久しく顔を出していなかったし当時請け負っていた仕事をできるだけ早く済ませて村に来たんだ」
「…村に来た?」

 それなら自分が覚えているはずだ。おじいさんとおばあさんを訪ねてくる親しい人はそんなにいなかったし、村人ならば顔を覚えていた。それにおじいさんとおばあさんの息子ならば紹介されないはずがない。
 訝しげに眼を細め、行き着いた結論に眉を寄せれば男は泣きそうに笑えない笑顔を見せた。

「そう、君が考えている通りだ。…すでに時は遅く、村は潰えた後だった」

 ぽつり、ぽつりと話される内容は酷いものだった。男は一人で村人全員の墓を掘ったこと。近隣の村を巡ったがどこも全滅だったこと。戦の有り様。無残さ。あぁ、残酷すぎる現実ばかりが目の前に羅列している。

「その中で救いだったのが、父と母が拾ったという子供の、つまり君の死体らしきものがなかった、ということだ」

 村は小さく、若い人たちはみな出稼ぎに出ていて大人ばかりだった。そのことは知り得ているらしい。口ぶりから察するに、そういう状況がこの男が子供のころから続いていたのだろう。じぃ、と見つめてくる男を見つめ返す。

「村がこの有り様だ。生きているとは限らない。むしろ死んでいるほうの確率が高かった。でも、君の死体がないという事実を胸に、今日まで探してきたんだ。君の情報が全くなかったから、苦労してたけどね」

 今回出会えたのも全くの偶然だと、そう男は言う。確かにそうだ。そもそも二度と村に訪れることがなかったかもしれない。訪れたとしてもこの日この時間に、と決まっていたわけではないのだ。それを踏まえると、なんという確率でこの男と自分は出会えたのだろう。なんという偶然。このご都合主義的な部分はやはり漫画の世界というべきなのだろうか。

「だけど、こうして出会えたのも何かの縁だ。父と母の思し召しもあるだろうし、一緒に行かないか?」

 ぼんやりと分析していた自分に男が手を差し伸べる。男は穏やかな笑みを浮かべていて、その顔がおじいさんとそっくりで不覚にも泣きそうになってしまった。親子というのは本当らしい。

「幸太も、いいかな?」
「…僕の妹になるんですか?」
「そう、なるかな?」
「僕、妹が欲しかったんです。異存はありませんね」

 ばちり、と目が合う。利発そうな子供は澄ました顔をしているが若干頬が赤く染まっている。素直になれない微妙なお年頃らしい。かわいいもんだ。そして空気を読むならばこの言葉しかないだろう。

「…ぜひ、一緒に行かせてください」

 そうして新しい生活が始まった。






(2009/05/17/)