おばあさんが死んだ。それは突然のことだったかのように思えたけど、おじいさんはとても自然のことかのように受け入れていた。きっと死期を悟っていたのだろう。最後まで手を握り締めて、眠るように往生したおばあさんを見つめていた。悲しくないわけがないだろう。泣きたくないわけないだろう。こんな自分でさえ悲しく思い、泣いているのだ。長年連れ添ったおじいさんが平気なわけがない。自分を拾ってくれた老夫婦は村でも評判のおしどり夫婦で、それは数十年前から変わらないとのことだったのに。それなのにおじいさんはおばあさんをずっと見つめるだけで、泣かなかった。気を使ったのかもしれない。自分が、声を押し殺してはいたけどぼろぼろと泣きに泣いていたから。おじいさんは不安にさせないようにとがんばったのかもしれない。その優しさにまた涙が溢れた。
 その夜、ひっそりとおばあさんの傍で涙を流すおじいさんをみつけて、布団の中で泣いた。


***


 季節がいくつか過ぎ去った頃。おばあさんの後を追うようにしておじいさんも死んだ。今度は自分がおじいさんの手を握り、ずっと、ずっと寄り添っておじいさんの傍にいた。離れたくなかった。血の繋がらない子供をここまで育ててくれたこと、本当の孫のように扱ってくれたこと、おじいさんとおばあさんと一緒に暮らせてとても嬉しかった。おじいさんとおばあさんと一緒に過ごした時間がずっと続けばいいのに、なんて思うほどかけがえのない、とても平穏で幸せな時間だった。楽しかった。
 それももう終わる。

「・・・外は、雪、か」
「はい」
「道理で、寒いはず、だなぁ」
「はい」
「ばあさんは、暖かい日に逝けて、よかったなぁ」
「はい」

 瞬きはしない。涙が零れそうだから。おじいさんの言葉を絶対に聞き漏らさないようにと一生懸命耳を澄まし、手を握る力を強めた。おじいさんは、笑って、おばあさんと同じように幸せそうに笑って手を握り返してくれたけど、手は僅かに動いただけだった。重力に耐え切れなくなった涙がぼろり、と落ちる。

「お前は、私たちといて、幸せだったか?」
「当たり前です」

 声が震える。別れは近い。

「おじいさんとおばあさんに出会えたことが、何よりも幸せなことです」
「そうか、」
「自分は、私はこの世で一番の幸せ者です」
「そうか、」
「これからも、ずっと、おじいさんとおばあさんと一緒に過ごした時間が、人生で一番の幸せな時間です」
「そうか、」

 涙は既に頬を伝い、ぼろぼろと大きな水滴は布団へと染み込んでいった。震える体。冷たい手。暖めるように両手で握り締めて、震える声で、それでもはっきりと伝えたくて、一生懸命言葉を探しながら、おじいさんに語りかけた。悲しい。寂しい。切ない。逝かないで。

「私は、私たちは、お前が心配だよ。お前は聞き分けの良い子だから、無理をしているのじゃないかと、とても心配だったよ」
「そんなこと、ありません。無理なんて、一つもしてません」

 おじいさんが笑う。涙で視界は不明瞭だ。手をきつく握りなおす。

「おじいさん」
「いつ、死んでもいいと、ばあさんと共にここまで長く生きれたことで、それ十分だと、そう、思っていたけど、最後の最期で、じゃじゃ馬を拾ってしまったから、とても心配だ」
「おじいさん、」
「お前を残して逝くのが忍びない」

 我慢しきれず俯いた。涙は依然流れ続け、むしろを量が増えた。嗚咽が漏れる。おじいさんの手は冷たい。

、ありがとうなぁ」

 その言葉を最期におじいさんは喋らなくなった。




ありがとうございましたありがとうございました私は貴方たちに出会えて本当に本当に死にそうなくらい幸せでした






(2009/05/17/)