基本的に曜日などという概念は持ち合わせていない。旅をしていたら自然とそうなってしまった。元いた世界では平日は学校なりバイトなり仕事なりと決まっていたが現在はそんなものは一切ないからである。時間の制約がないということは、時間に追われて生きていたあの頃の自分からすれば素晴らしいことではあるがそう手放しで喜べるほど子供でもないし現実から目をそむけているわけでもない。いまでは一日を生き抜くのに必死な毎日だ。そのことに気づいてのんびりできることはできるがあの頃とあまり変わらないということに気づいて人生こんなもんか、と悟ったのは随分昔のことである。だが今の方が充実しているというのだから不思議なものだ。前提条件として一般人である、ということが必要不可欠ではあるのだけど。

「ハルキ、仕事行くよ」
「あ、待ってーさん、もう少しで準備できるー」

 この町に暮らし始めて随分と立つ。ハルキとは少しでも離れてはいられないから二人一緒に雇ってくれるところ探した。子供二人まとめて雇ってくださいだなんて馬鹿にしているのかと罵られたものだが、これは仕方の無いことだから譲れなかった。アクマであるハルキは自分と離れてしまうと殺人衝動が抑えられない。自分といることで殺人衝動が起こらないっていうのも不思議なものだが、あの世界でも自分は負の存在と言われるものに近しい立ち位置にいたからこういうのもありなのかもしれない。だからといってアクマに懐かれてしまうのは困るし、正直にいってしまえば傍迷惑なことである。それだけでも手に負えないと思っているのにイノセンスにまで信仰に近い形で慕われてしまい頭痛が激しくなるばかりだ。全く、天帝と呼ばれるあのお姉さまはいつまで人で遊ぶ気なのか。誰かと結託でもしてんじゃないのかとたまに思うほどに我が身に降りかかる出来事に怒りを通り越して感心し、さらに呆れて諦めてしまう。それほどに否応にも関わってきた。世界に。生き難いったらありゃしない。死にたくなんかないのに。

さん、準備オッケーです」
「よしよし、じゃあ行こうか」

 扉の前で突っ立ってぼんやりとどうにもならないことを考えていたら準備ができたらしく、結構近い位置にあるハルキの頭を撫でて外へと出た。
 こんな根無し草の子供を雇ってくれたのは宿屋を一人で切り盛りする女主人だった。仕事を探して町を渡り歩き、町中の店という店に断られ続けてここででも見つからなかったやばいなぁ、と流石に危機感を覚えてたどり着いた最後の一軒である。いままで散々訝しがられ邪険にされてきたというのにこの宿屋の女主人は少しだけ思案して、即採用してくれたのだ。その呆気なさに二人でぽかーん、と呆けてしまったのを盛大に笑われたのはいま思い出しても恥ずかしく思う。でも、それほどに呆気なく、薄汚れていた子供を邪険に扱わなかったのはこの女主人だけだったのだ。その場で採用と言った直後には二人で湯船に投げ込まれて身綺麗にしてもらったし、正直何か裏があるのでは、と思ったほどである。それでも数日、数週間たっても特に奇妙な行動はみせないし、家が決まるまでは住み込みで働いて良いという言葉に甘えて住み込みで働かせてもらっていた。その間は夕飯までも面倒をみてくれたものだから世の中こんな良い人もいるもんだ、と感心したものだった。同時に人を疑ってかかる自分に嫌悪を覚えた。
 後から聞くに、女主人は早いうちから夫を亡くし、子供も流行り病で亡くしてしまっていたらしい。女主人と仲の良い時計屋のおばさんと仲良くなったときにそう聞いた。そうか、だからあの宿屋を一人で切り盛りしていたのか。たぶん自分たちを雇ってくれたのも子供が二人、ということからだろう。偶然にも女主人の子供は二人で生きていたならば年も背格好も似ているだろうとのことだった。所詮、持ちつ持たれつの世界だってことか。それでも上手いことできたもんである。
 女主人とはいまでも夕食を一緒するのが習慣になってしまっているのも、持ちつ持たれつというところだろうか。

さん、路銀は結構稼いだよね」
「そうだねぇ」
「今回は、いつまで?」

 ぽつり、とハルキが呟いた。さくさく、と雪を踏みしめる音が聞こえる。宿屋の朝は早い。朝日が昇る前の町は薄暗く、人気は全く無い上に頼りになる光は街灯といまから眠ろうという月の頼りない明かりだけだった。ゆっくりと降り積もる雪が冬の訪れを告げている。羽毛よりも柔らかく穏やかに舞い降りる雪を眺め痛いくらいに冷えている空気を取り込んで吐き出した。どうしようか。

「この冬を越したら行こうか」
「・・・短いね」
「そうだね、居心地良いからね」
「うん」

 ぎゅ、と手を握る力が強くなる。寒いというのにハルキは手袋をはめたがらない。霜焼けになるからと何度はめるように言っても手を繋ぎたいからといって聞かないのだ。だから自分も手袋はしなくなった。手を繋ぐのは左手、ハルキは右手、という決まりを作って互いに片方だけするようになった。そう渋々と決まり事を決めたときの嬉しそうなハルキの顔を見たらまぁいいか、と思えたのだから不思議だった。
 吐く息は白く、空気は澄み渡り寒さが痛い。直に伝わる体温がじんわりと互いを暖める。今日は一段と冷え込んだからかいつもより体温が低いように思えた。まるでハルキが寂しいと訴えているかのように。

「せめて楽しく働こうか」
「うん。僕、がんばるよ」

 朝日が昇る。女主人は宿屋前の雪かきに出てきていた。ハルキが走ってスコップを奪いに行く。「おはようございます!僕やります!」「あぁおはようハルキ。頼めるかい?」女主人は優しい笑顔でハルキを撫でる。ハルキも笑う。その光景を眩しそうに目を細めて眺めた。もう少し居てあげたいけど、居たいけど自分たちは長居はできない。その分受けた恩を精一杯返そうと、そう思う。

「おはようございます」

 さぁ、今日も一日が始まる。






(2010/01/11/)