さーん!肉まんかって肉まん!」
「はいはい買ったげるからそんなにはしゃがない」
「やったー!あ、桃まんもあるよ!ねぇさん、」
「二つずつね」
「了解でーっす!」

 渡したお金を握りしめてこちらに手を振りながら人ごみの中へと駆け込んでいくハルキに転ぶなよー、と声をかけて息をついた。ハルキと旅を始めてから既に数か月がたとうとしている。時間とは早いものだ、としみじみ思うが、まぁ旅の仲間ができてそいつが毎日何かしらの騒ぎを起こして対処していれば勝手に一日が終えてしまうのだから早く感じるのも無理はないことだろう。子供は得意なほうじゃないから勘弁してくれよ、と思うときもあるが拾った以上責任を持たないといけないし、何より眠るときも一緒なベッドじゃないと嫌だと駄々をこねるほど人にべったりな癖に好奇心旺盛でいつも人を振り回してくれちゃったりするハルキが可愛くて仕方ないのだ。真っ直ぐに慕ってきてくれているし。元の世界に戻ることをいまだにあきらめていない自分にとってはあまりいい傾向とはいえないが、人の気持ちなど操作できるものでもないしこれはこれでいいかなぁとは思っている。現状としては全く手掛かりというものを見つけられていないことだし。

さんこっちー、っと、ぅわ」
「ほら言ったそばから!いつも気をつけろって、」

 石に蹴躓いてバランスを崩すハルキに声を張り上げる。無意識に荷物に手を伸ばして救急箱を取り出そうとしたが、転ぶ寸でのところで人に衝突して転ぶことはなかった。もういっそのこと転んでくれたほうが好都合だったような気もするが。

「…おやぁ?」
「…、ぁ、」

 ぶつかった人はぐるぐる眼鏡をかけた小汚い青年だった。ハルキが驚いたかのように目を丸くする。膝をついて座り込んでしまったハルキはぐるぐる眼鏡の青年を見上げたまま小刻みに震えていた。ぐるぐる眼鏡の青年はハルキを見下ろしたまま、仲間内で何か言葉を交わしている。ぐるぐる眼鏡の青年の他には男二人に子供が一人。見覚えのある団体だ。これはやばいな、と目を細めて追いついたハルキの腕を掴んで勢いよく引き、立たせた反動でさりげなく後ろに隠した。ぎゅう、と腰回りに抱きついてくるハルキの頭を撫でる。

「すみません、ぶつかったりして」
「いやいや、別に痛くもなかったし構わないさ」
「ありがとうございます。それで は、」
「じゃあ俺はこいつらといくから、また後でな」

 表情筋を駆使して申し訳なさそうな表情や愛想笑いを浮かべて何事もなくその場を去ろうとしたらいきなり腕を掴まれ、ぐるぐる眼鏡の男は仲間に手を振ってそんなことを言い放った。男はまた秘密の仕事かよー、とかなんとかほざいている。それでも笑顔で待ってるぜーとか手を振っているあたり、信用は高いようだ。漫画で読んだ時も思ったけども。掴まれた腕と合流してしまった男に内心舌打ちをして、抱きついたまま離れようとせず震えているハルキの肩を抱く。ハルキはアクマだ。ぐるぐる眼鏡の男、ティッキーはその上司ってところで、怯える理由は見当がつく。

「あの、何か?」

 焦る内心をおくびにも出さずにそう怪訝そうに聞くが、ティッキーは何も話さず歩きだした。掴まれた腕を引き離そうとするがいとも簡単にねじ伏せられ、ティッキーは離すつもりはないといわんばかりに掴む手に力を込める。痛いっつの。眉を寄せるが力が弱まることもなく、引っ張られたまま人気のない路地裏へと連れ込まれた。歩くために手を繋いだハルキの握る力が強くなる。

「あの、すみませ、」

 言葉は最後まで音になることはなかった。ずだん、と壁に背中を叩きつけられ一瞬だけ息が詰まって咳きこむ。痛いし苦しい。あ、涙が。そんな様子にハルキが涙目で口を開くが、ティッキーと目が合うと体を大きく震わせて口を閉ざしてしまった。これは相当凄んでるから怖いよなぁ、と息を整えながも大丈夫、という意味合いを込めて笑いかければ眉尻を下げて情けなく涙を零した。こんな状況で不謹慎かもしれないが、可愛いよなぁ。そんなことを思っていると何かを決したかのようにハルキは口を真一文字に引き結んで、脇目も振らず抱きついてくる。おいおい、流石の自分もびっくりなんだけど。大丈夫なのかよ。

「へぇ…、上手いこと手懐けたもんだね」

 掴まれたままの腕に痛みが走る。まじで痛いし。痣になるんじゃなかろうか。ぎゅっと眉を寄せながらも片腕でハルキを抱き締め返し、ティッキーを見上げた。うん、相当怖い。

「単刀直入にいうよ。お前、何してるの?」

 視線は自分に固定されたままだったが、これはハルキに向けての言葉だった。上からの呆れた様な、嘲笑の言葉。明らかに馬鹿にしている声色に苛立ったが、何かいうもんならば即座に殺されそうだったから何も言わなかった。人の胸に顔を押し付けたままのハルキが抱きつく力を強める。

「…この方と、旅、をしてお、ります」
「へぇ、旅。そう、じゃあなに?それがお前としての楽しみ方なわけか?」

 いつか殺すんだろう?そう言っているように聞こえたし、言葉の外でそう言っていたのだろう。

「…」
「答えろ」
「いえ、殺しません」

 相変わらずの怯え様なのにそれだけははっきりと断言したハルキに目を丸くする。ティッキーも同様に驚いたかのようにハルキを見下ろした。ぐるぐる眼鏡が若干ずり落ちる。

「なに、それ。お前はアクマなんだぜ?アクマは殺戮兵器。存在理由は殺すこと。成長し、我らが伯爵さまに尽くすこと。わかってるだろ?」
「…私、は、レベル2になりました」
「だから?」
「自我を持つ、ことを、許されました」
「それで?」
「この方に、出会いました」

 真正面にいるティッキーの視線が移動する。ぐるぐる眼鏡で目は見えないが、見つめられていることはわかる。探るようなその視線に不快さを覚えたが、面倒になってただ見つめ返した。

「この方を殺しません。この方といる限り、誰も殺しません。この方と離れるくらいなら壊れたほうがましです」

 はっは、重いなー。

「…ふーん。で?お前は知ってるのか?」

 殺気をぶつけられてもなぁ。溜息をつきたくなるのを堪えて、縋りついているハルキの密かな緊張をほぐしてやろうと頭をなでた。しかしいまいち質問の意図を計りかねる。どう答えたものだか。

「…知ってるも何も、この子から一通りは聞いていますが」
「こいつが人間の皮を被った殺戮兵器だってことも?」
「まぁ…」
「知ってるのに一緒に旅してるのか?」
「そうですけど…」
「殺されるとかいう心配はしたことは?」
「この子から殺気は感じたことありませんし…」
「怖くはないのか?」

 ハルキが大きく肩を震わせたのが伝わってきた。

「普通は怖いんじゃないですか?」
「普通じゃなくて、お前のことを聞いてるんだよ」
「別に」

 数秒の沈黙。ティッキーが愉快そうに口角を押し上げた。

「面白いな、お前」
「それはどうも」
「こいつがお前と旅をしたがったのもなんとなくわかったわ」
「へぇ?」

 掴まれていた腕を解放される。そのままハルキを両腕で抱きしめて笑っているティッキーを見上げた。人間くさい笑い方だ。殺気はもうない。

「最後に一つだけいいか?」
「なんですか?」
「何でお前は一緒に旅をしようと思った?」
「必要とされたからです」

 それは面白い。そういってまた笑った。






(2009/05/24/)