声が聞こえた。耳の奥に響く声。泣いているのか、啼いているのか、どうなのか。判別はつかなかったけど、とても耳に、とはいわず、脳にまで残り、いつまでたっても響き止まないものだから興味を持った。ここまで人を引き寄せようとするものはなんなのか。何を必死で訴えているのか。興味をもった。
 ふらふらと、呼ぶ声がする方へと進む。ここは潰れた村。廃村。誰もいやしない。土を踏みしめる音、隙間風のような音、崩れ落ちた家屋、黒く変色した血痕、大きな弾丸の後。これは漫画でみた、アクマの血の弾丸跡に良く似ている。というか、それなのだろう。あぁ、だとしたら、この呼び声は。

「誰」

 荒れようがすさまじい家屋の、奥にそれはいた。光を宿さない虚ろな目で一つの遺体の前に立っていた。涙はない。この人間が殺したのだろう。いや、もう人間じゃない。アクマ、と呼ぶべきだろうか。さり気なくあたりを見回すがどうやら千年伯爵なる人はどこにも見えない。気配も、ない。視線を元に戻し、こちらを見上げる虚ろなるそれに問いかけた。

「この惨状はお前がしたの?」
「答える義務はない」
「それはお前の姉?」
「答える義務はない」
「これだけ暴れまわったから進化したでしょ」
「答える義務はない」
「アクマでしょ?」
「答える義務はない」
「殺さないの?」

 壊れた機械人形のようにひたすら同じ言葉を繰り返していたそれは初めて違う反応を見せた。虚ろなる目にも何か違うものが宿る。それに気付きながらもまた問いかけた。

「ねぇ、殺戮兵器なんでしょ?殺さないの?」
「・・・殺したくない」
「へぇ、なんで?」
「殺意が沸かない」

 これは驚いた。あの時のアクマと同じようなことをいうのか。やっと会話らしい会話を交わせたことよりも殺戮衝動の塊であろうアクマがそんなことをいうということのほうに驚いた。まぁ、殺意がないということはわかっていたけど。そうでなければこのような質疑応答を試みようとはしないし、近づこうともわざわざ殺さないのかと聞くこともしない。虚ろなるそれはこちらを見上げたまま一歩も動かず、自分も無表情で見下ろしたまま口を開いた。

「呼んだのはお前?」
「呼んでいない」
「何を叫んでいたの?」
「叫んでない」
「何を泣いていたの?」
「泣いてない」
「何を悲しんでいたの?」
「悲しんでない」
「何を喜んでいたの?」
「喜んでない」
「何を憎んでいたの?」
「憎んでない」
「何を訴えていたの?」
「訴えてない」
「何を求めてたの?」
「求めていない」

 少年の形をした虚ろなるそれは言葉で全てを否定し目で全てを肯定していた。

「一緒に来る?」
「行く」

 言葉と目が同じ答えを示したのはこれだけだった。






(2009/04/08/)