食堂からの帰り道、迷子になった。迷子になったことに気付いてはいたが、そのうちたどり着けるだろうと思い適当に歩いていれば何故か顔を真っ青にしたリーバーに発見された。どうやら食堂を出てから結構な時間がたっており、あまりの遅さに探していたんだとか。ぼんやりしていたから気付かなかった。そんなことをいえばリーバーは疲れたようにため息をつき、情けなさそうに笑って頭をなでた。大概この人も兄属性な人だと思う。そのまま流れで司令室へと手を繋いで帰れば、自分が見つかったことに科学班が泣いて喜ぶものだから驚いた。コムイにいたっては周りや自分もドン引きするほどの泣きようで、抱きしめられた腕は大きくて痛かった。けど、いやではなかったし、お兄ちゃんなんだなぁとやはり思った。後でジョニーに聞かされた話によると、コムイが一番心配していて宥めるのが大変だったんだとか。もう少し遅ければ教団あげての探索を実地するところだったとかうもんだから、職権乱用もいいところである。全く、心配しすぎだろうと呆気にとられて、笑った。それをみてジョニーがすごく驚いて、笑った!とかいって騒ぐもんだからコムイに僕にも笑いかけてごらん!とかいって笑顔を強要されるはめになった。コムイといわず、科学班全員に。そんなこといわれて笑えるわけがないだろう。一人得したような顔でいるジョニーが恨めしく思った。お前のせいだぞ。
 そんなことがあった後日、もう一度ヘブラスカのところへと連れてこられイノセンスを選んだ。コムイたちには悪いけど、恨むかもしれないなぁと、手の中にあるイノセンスを眺めながら思った。


☆☆☆


 戦う意志は全く持ってないが、与えられた今では使えたほうがいいだろうと訓練をしている。いや、自分的には別に使えなくてもいいのだが、そんなことをしては上がうるさいだろうし、間に挟まれる形になるコムイのことを考えるとやはり訓練はしておいたほうがいいと思うのだ。自分のせいで他人に迷惑がかかるのは嫌いだ。とりあえず迷惑はかからないようにしておこう、ということを前提に考えた末、渋々ながらもイノセンスを扱えるようにはしておこうという結論をだした。任務はどうなるかわからないけども。
 それにここでサボってルベリエとかいう長官がやってこられては困るのだ。あれはリナリーのトラウマであるし、その前に自分はあの人が苦手だ。漫画で初めて読んだときから変に威圧感があって苦手なのだ。自分は威圧感が強ければ強い人ほど苦手である。どうしても、怖くて逆らえなくなるから。身が竦んで逃げ出したくなる。大分耐性を得たとはいえ、内心逃げ腰になるのはいまでも変わらない。できればあの人に会いたくない。それも最重要事項だった。

「おい」

 できればあの長官と絶対に会わない方向へともっていかないと、とそんなことを考えながら鍛練場の隅でぼんやり休憩していたときだ。瞼を通して明るかった視界が暗くなり、声まで聞こえてきたもんだから目を開ければ神田が見えた。刀を肩に担いで相変わらずの仏頂面である。

「こんなところでなにしてんだ」
「休憩ー」

 寝そべったまま答えたのが気に喰わなかったのか、眉間にしわが寄る。折角の美少年ぶりが台無しだ。それでも十分に、美人だとはわかる顔立ちではあるが。その顔を眺めながらこれ以上不機嫌になられても困るので体を起こし、軽く胡坐をかく。いまだに見下ろしている神田を見上げて、首を傾げた。

「それで、何か用でも?」
「お前、でていくんじゃなかったのか」

 あぁ、そういえばご飯を一緒に食べた時以来、顔を合わせていなかった。そのことを思い出し、あー、と小さく声を漏らした。

「結局、無理でした。エクソシストとして籍を置くことになったんで、これからよろしく」
「誰がお前みたいなやつとよろしくなんかするかよ」

 酷いいわれようだ。初対面のとき同様、手は出さなくて正解だったようだ。絶対握手なんてしてくれるはずもない。

「そうですか」
「ここに戦う意志のないやつはいらねぇんだよ。お前みてぇなやつ、絶対死ぬぜ」
「死にはしません。死にたくないので」

 だから鍛練している。死にたくはない。自分が可愛いから。だからこんな命を懸ける戦いになんか参加したくなかったのに、世の中は上手くいかないことばかりだ。そんなこと、知っていたけど。
 にこり、と笑って答えてやるが神田は眉間のしわを深くするばかりで、どうしたもんだかとため息をつく。なんで睨まれているのかさえよくわからないんですけど。いい加減疲れるなぁこいつの相手も。

「・・・おい、暇なら相手しろ」
「は?」
「俺がお前の力みてやるっつってんだよ」

 変な気まぐれ起こすなよ。ぽかん、と刀を担いだまま鍛練場の中心へと歩いていく神田を眺める。いや、イノセンスでやるなら確実に自分が負けるんですけど。弱いものいじめして楽しいのかお前。内心そんなことを思うけど面と向かっていえるはずもなく、仕方ないとため息をついて重い腰を持ち上げた。面倒なことになったなぁ。


☆☆☆


 下段から振り上げられる蹴りを両腕を揃えて受け止めた。流石というか、重い。びりびりと伝わる衝撃に眉を寄せながらも体を旋回させて裏拳を顔にぶち込む。多少衝撃をいなされたがよろめかす事には成功し、そのまま流れるような動作で顎に掌底を打ち込んだ。手首を返すことで気絶させられることもあるけど神田はまだ子供であるし、これは手合わせであるからそこまでする必要はないだろう。神田は膝をつき、目の焦点があっていない。ここまでかな、と疲れたようにため息をついた。実質、疲れていた。

「・・・まだ、だ」
「・・・あのねぇ、何回やんの?」
「俺が、勝つまで」
「勝ってるでしょ」
「俺は三回しか勝っていない」
「そう。それだけ勝てば十分。もういいだろ」
「お前は四回だろうが。勝ち逃げは許さねぇ」

 そんなことをいって若干回復したらしい神田は立ち上がった。掌底の衝撃が脳に響いているはずなのだが、頑丈な子供である。それとも、あの刺青のおかげなのか。ぎらり、と睨みつけてくる神田に深く重苦しいため息をついた。勘弁してくれ。

「勝ち逃げもなにも、実力は神田のほうが上です」
「ぁあ?お前のほうが勝ってるくせになにいってやがる」
「自分は多少経験豊富なだけです」

 面倒ったらありゃしない。とにかくこれで終わりだと言い捨てて背中を向けた。突き刺さる視線が痛い。

「おい、」
「コムイさんに呼ばれているんです。今日はここまでにしてください」

 呼ばれているのは本当だ。でも、時間指定はなかった。もちろん神田は知らないことだ。それを利用させて貰おう。完膚無きに自分を降して勝利を手にしたいようだが、律儀に付き合っていたらきりがない。大体、回数をこなせば神田の勝ちが増えるにきまっている。そんなの悔しいから今日はこれ以上絶対にしない。自分だって負けず嫌いなのだ。
 かちゃり、と置いてあったイノセンスを手に持ち、空いているほうの手をひらひらと振って鍛練場を後にした。後ろからなんか叫んでいるようだけど耳を全く貸さずに無視する。子供は元気だ。自分だって外見年齢的には子供ではあるけど、精神は成人している年齢となるからそう思わずにはいられなかった。本当、いつの世も子供は騒がしく元気である。
 さて、そんなことよりもさっさと部屋に戻ってシャワーを浴びよう。風呂上りか、と思うくらいに汗をかいている。がんばりすぎたかなぁ、と米神を伝う汗を拭って鼻についた汗臭さに眉を寄せた。汗をかくことは嫌いではないし、むしろ体を動かすことが好きだから汗をかくことぐらい気にもしないし気にしても仕方のないことだから別にいいのだが、ここまで汚れるとさすがに不快指数がうなぎ上りだ。着ているロングTシャツも体に張り付いて気持ち悪い。全く、これも全て神田のせいだ。何度目になるかわからないため息をついた。  とにかくさっさと帰って着替えて、コムイの元へと行こう。一日の時間はまだまだ長い。呼ばれているついでに室長助手をしているだろうリナリーでも手伝いにいこうか。ついでにジャンルはなんでもいいから本でも借りてこよう。今日はもう疲れたし、部屋で読書に勤しむことにしよう。そうしよう、それがいい。そんなことをあてがわれた部屋へと続く廊下を歩きながら、ぼんやりと考えていた。
 そうして数時間後、呼ばれた先で師匠という存在ができた。まじかよ。






(2009/01/03/)