話を聞くところによると、自分が保護された街は数週間前から隔離されていたらしい。外部の人間が連絡を取ろうにもとれず、訪れてみても街の中に入ることもできず、事態が明るみにでたんだそうだ。そうして教団のエクソシストが探索部隊と共に出向き、アクマの討伐を行った。レベル2のアクマが一体のみで比較的仲間内には損害がでずに終わったらしいが、一つの謎が残ったらしい。
 アクマはレベル2へと進化すると、自我を持つ。今回もそうで、アクマの美意識から人間を人形に作り変えていたらしい。そうして操り、アクマの美意識のみで形成された箱庭を作って楽しんでいた。例外なく、全ての人間を人形に作りあげていたのだ。紛れ込んだ自分以外を。ここで問題が一つ浮かび上がる。街は外界から遮断され、エクソシスト以外は侵入不可能だった。なのに自分が侵入できたことがまず、可笑しい。もしかしたらアクマが新しい玩具を求めてわざと紛れ込ませたという可能性は捨てきれないが、それはエクソシストが交わしたアクマとの会話で否定されている。だとしたら、何故。こんな子供が街へと侵入できたか。討伐後、それが謎となって残ったのだ。

「・・・それで、ここか」

 職務質問された数日後。室長であるコムイからの呼び出しに応じてみれば、自分が保護された経緯と残された謎について教えてくれた。そうして調べるから、と連れてこられたのがここ、ヘブラスカのいるところだった。エレベーターに乗った時点でなんとなく察しはついていたが、なんとも面倒なことになったものだ。

「ヘブくんは見た目が少し怖いけど、信頼できる仲間だよ、って、どうかしたかい?」
「いえ、なんでもないです」

 ぼそり、と呟いた声は届いていなかったようで、首を傾げるコムイに頭を横に振った。迂闊なことは喋れない。わかっているけど、油断するとぽろりと口から零れ落ちそうだ。あんまり喋らないようにしようと、ぎゅっと口を引き結んで拳を握りこむ。それを何と勘違いしたのか、コムイが心配することはないよ、と頭をなでた。お兄ちゃんをしている手だなぁ、とぼんやり思った。

「まぁさっき説明した通り、この子に適合者である可能性があるんだ。少しみてあげられないかな」
『いいだろう。その子を、こちらへ』
ちゃん、おいで」

 ヘブラスカが頷いて、コムイに呼ばれる。見てあげる、ということは、アレン・ウォーカーのような体験をするのだろうか。知っているから身構えられて覚悟できるけど、あれを突然やられたらそりゃ驚くし殴りたくもなるよなぁ。ちらり、とコムイを見上げて、未来のアレン・ウォーカーにご愁傷様、と心の中で呟いた。
 重い足取りでコムイに近寄る。ぶっちゃけ、物凄く気が進まない。これで適合者とか、そんなのだったらどうするんだ。これ以上、戦争の渦中へと巻き込まれたくないのに。もう戦争はいやだ。どうにかして逃げられないだろうか。イノセンスをあてがわれても、加工される前に逃げ出せばいいだろうか。そんなことばかり考えていた。

「ヘブくん、イノセンスを」
『あぁ』

 手を取られ、ヘブラスカとぎりぎりまで近づく。それを確認すると、コムイの合図と共にヘブラスカの体が光って下方に魔方陣みないたものが浮き上がった。あれは確か、ヘブラスカのイノセンスで、他のイノセンスの保存庫のようなものではなかっただろうか。そうすると、ところどころで光るあれはイノセンスということか。曖昧にしか覚えていない知識を総動員して分析するが、よくわからなかった。もう少し読み込んでおけばよかったと、今更ながらに思う。紙媒体で見るものと、実物では全く違うものだからさして変化はなかっただろうけど。
 憂鬱な心境で光り続ける魔方陣を眺めていれば、視界の端で変化が起こった。反射的にそちらへと目を向ければ、一つの光が中に浮かび、目の前まで飛んでくる。そのまま自分の周りをくるくると旋回し始めた。なんだこりゃ。

「眩しい」

 眉を寄せてそう呟けば、目に痛かった光の強さが緩和される。いうことを聞いた。そのことに驚きを隠せず、目を丸くしていれば次から次へと光が上ってきて、やはり自分の周りを旋回し始める。それも、眩しさを抑えて目に痛くない光を放ちながら、である。どうしたもんかと思った。困ったようにコムイに振り向けば、こちらも目を丸くして驚いていた。

「これは・・・」
『コムイ、この子は適合者ではない』
「えっ?」

 コムイだけでなく、ヘブラスカの言葉には自分も驚いた。明らかにイノセンスは自分に反応している。しかも不思議なことにいうことを聞いたのに、適合者ではないとは。よし、好都合かもしれない。コムイたちには悪いが、自分は早々と旅へと戻りたい。戻らずとも、今度はどこかに定住しようか。適合者ではないということだから、子供ということを利用して旅に必要な荷物だけは頼んで見繕ってもらおう。今度は東へでもいこうか。肉まんとかあるかなぁ。
 つらつらと思考を巡らせ、周りを差し置いて今後の計画を頭で組み立てていく。この計画が実現することを願って、期待を込めてヘブラスカを見た。

「どういうことだい?」
『言葉の通りだ。この子は適合者ではない。イノセンスの、"最愛たる者"、だ』

 なんだそれ。

「・・・聞いたこと、ないな」
『私も、イノセンス、が、訴えることを、言葉にしているだけで、聞いたことは、ない・・・』
「どういうものかも、わかるかい?」
『この子は・・・イノセンスの"最愛たる者"・・・。イノセンスと適合者であることはないが・・・イノセンスはこの子のために力を揮う・・・』

 ひくり。頬が引きつった。つまり、だ。

「・・・そんなこと、あり得るのか」
『わからない・・・こんなこと、私も初めてだ・・・』

 驚きに満ちている二人には申し訳無いが、耐え切れなくなってコムイの腕を引っ張った。ぎゅっと眉をきつく寄せてコムイを見上げる。どうか嘘だといって。むしろいえ。

「コムイさん・・・どういうことですか?」
「・・・」
「適合者とかいうのじゃないのに、イノセンス、使えてしまうんですか?」
「・・・そうだよ。ヘブくんのいう通りなら、一つといわず、全部」

 あぁ神様。悪ふざけもいい加減にしてください。






(2008/12/25/)