頭上には青空が広がり、心地よい風が吹いている。今日は絶好の昼寝日和だなぁ、と、そんな呑気なことを思いながら歩いていた。 子供というのは不便だ。大人であれば三日かからない行程が子供では一週間前後かかってしまう。つまり、大人であれば一日でたどり着いた街も、子供では三日程度かかるのだ。現に野宿は二回ほどしている。列車などの公共機関を使えれば旅も楽になるというものだが、金銭的な問題で乗れるはずもなく、こうして歩いて移動するしかない。まぁ別に苦にはならないし、こういうのんびりしたのは嫌いではない。むしろ好きなほうではあるのだが、しかし天候と子供であるという二つの事実においてそれは一変する。 雨が降ればのどかな道も険しくなったかのように見えるし、実際きつかったし、子供はどこにいっても受け入れられがたく、野盗などの類に狙われやすい。年端も行かぬ子供の一人旅というものほど怪しいというか、宿代の踏み倒しや食い逃げなどの疑惑は拭い去れないものではあるし、狙うには恰好の獲物だ。襲われない方が不思議なのだ。生き延びられる程度には経験もあるし、いろいろと仕込まれているからどうにかなっているが、面倒なことこの上ない。子供だからって甘くみる大人は馬鹿だなぁ、と毎回思わされる。 「・・・見えたかなー」 天気がいいものだからつらつらと、適当なことを考えていたら世間に呆れ返る結果となってしまった。人間の屑はどこまでも屑であると、そういうところはどこにいっても変わらないんだなぁ、と実感してしまう。人を見下せるほど大した人間ではないが、常識と道徳を持ち合わせてはいるからまだましだよなぁ、とも思う。 止まることの無い思考を放置しつつ、街は見えているんだし歩いていればたどり着くだろうと、ぼんやりと歩いた。日暮れまでに着ければいいが。 ☆☆☆ 太陽が半分ほど沈み、周りが赤色から藍色へと変化と遂げようとしているその直前ぐらいに街にたどり着いた。立派なレンガ造りの門に、街の名前が書いてある。手持ちの地図と確認すれば、目指していた街に違いはなかった。やっとたどり着いたか。疲労感の濃いため息をつきながらも街へと足を踏み入れた。 「・・・ぁ?」 ぐにゃり。景色が歪んだ気がする。咄嗟に周りを見渡すが街に異変はなかった。たぶん、ないと思う。だけど何かが可笑しい。妙な違和感がある。なんだろう、何が引っかかっているのか。門の前で棒立ちで、ただひたすら探した。違和感の正体を。神経を尖らせて、全神経を外へと向けて隙なく探る。家屋。音。人間。 「・・・気配」 ぽつり、と呟いた声が思いのほか大きく響き、違和感の正体を明確にした。そうだ、気配だ。気配がないのだ。もう既に日は沈み始める頃だから人通りのなさを気にはしなかったが、話し声や笑い声、生活感溢れる音は聞こえるのに、人間の気配だけが感じられないのだ。それに気付いた瞬間、寒気が背中を走る。人間はいるのに気配が感じられないなんて、気持ち悪すぎる。思わず逃げ出してしまいたくなるほど、気味が悪い。むしろ逃げよう。そうしよう。こんな変異、確実にアクマかイノセンスが関わっているだろう。巻き込まれるのはごめんだ。鳥肌がたっている腕や首をさすりながらくるり、と回るように方向転換し、走った。一刻も早く抜け出してしまいたかった。抜け出したかった。 「・・・まじかよ」 時は既に遅し。外へと続く門を潜ったはずなのに、目の前には足を踏み入れた街が広がっていた。ふざけんじゃねぇぞ巻き込むな! 「人間、何故いる?」 妙な声が聞こえたと同時に、世界は暗転した。 ☆☆☆ 目を覚ましたのは誰かが頬を抓んだり髪を引っ張る感覚がしたからだ。薄っすらと目を開けば目の前には道化師の化粧をしたきっつい顔がある。思わず目を見開いて凝視したまま固まっていると、目の前のそれは引っ込んで首を傾げた。かなりのど迫力だった。離れたことに安堵し、そして気付いたことにまた硬直する。 「可笑しいですねぇ。人間は全て人形にしてしまったのに、何故まだ人間がいるんでしょう」 後頭部が痛む。こいつに殴られて気絶させられ、ここまで運ばれたのだろう。特に拘束されずに転がしてあるのは油断なのか余裕なのか。冷たい床の上で考えるが、考えたって仕方のないことだ。こいつらにとってはさして問題のないことなのかもしれない。 アクマにとっては。 「あ、そっか。君は外から来たんですね。それなら納得がいきます」 適当な場所をうろうろしていたアクマが嬉しそうに笑う。道化師の化粧に赤を基調とした衣装のアクマ。若干引きつった笑みをなんとか返して重たい体を起こし、壁まで体を引きずるようにして後退して背中を預けた。素早く周りを見渡す限り、ここはどうやら教会のようだ。アクマが教会にいる。なんとなく不釣合いな光景だ。アクマは笑みを浮べたまま、軽快な足取りで近づいてくる。正直逃げ出したかったが自分はそれを眺めていることしかできず、アクマはすぐ目の前に座って人の顔を覗きこむかのように近づけた。下がろうにも後ろは壁であるし下がれない。体は重いし殴られただろう頭は痛いしアクマが目の前にいるし、自分に死ねってことだろうかこれは。 「うぅ〜ん、可笑しいですねぇ・・・、ボクの力で閉じ込めたはずなんですけどねぇ、どうして人間が入ってこれちゃったんでしょう」 知るかボケ。人の顔を眺めながら首を傾げられ、そんなこといわれてもわからない。大体、それを考えるだけでこんなに近づく必要があるのだろうか。ないだろう。適当な距離をとって眺めていれば良いだろうに。窮鼠猫を噛む、って知ってるか?あぁ知らないだろうな。なんでもいいからとにかく、離れて欲しい。酷く気分が悪い。 「んん?気持ち悪そうですねぇ。安心してください。君はまだ人形にしませんよ」 安心できるか。大体、そんなことを案じているわけではない。問題はそこじゃない。 「しかしボクはどうしちゃったんでしょう、君を人形にする気がおきません。これは可笑しいですねぇ」 そんなことをいってまた首を傾げるアクマは、一向に動こうとしない。人の目の前に座り込んで、人を眺めながら独り言を呟き不思議がっている。どうでもいいから、早く離れて欲しい。アクマに纏わりつくように見える黒い影が、記憶を揺さぶって仕方ないのだ。 「・・・どうしたのですか?」 たくさんの魂と呼べるものに触れてきた。嘆きを聞き、受け入れてきた。残滓とはいえ、彼らは自分の近くにあった。とても悲しく、切なく、哀れな人たち。受け止めることしかことしかできない。なんて無力なんだろう。あぁ頭が痛い。 「・・・目から水が、」 「見つけたぜ」 思考は第三者の声で遮られ、赤い色を最後に記憶は途切れた。 (2008/12/24/) |