アレン・ウォーカーはやはりアレン・ウォーカーだった。いや、本人から名乗ったのだから間違いはないはずなのだが、同姓同名という場合だってあるだろう。たとえ顔半分に大きな傷があり白髪だったとしても、それがアレン・ウォーカーだと名乗ったとしても、他人の空似である可能性は捨てきれないのだ。捨て切れなかったのだ。酒場の主人が紹介してくれたアパートに着くまでに交わした言葉の数々や、幼いながらにも紳士的な態度、言葉遣い。どれも本誌で読んでいた"アレン・ウォーカー"と合致するために諦めざるを得なかったけど。これがもう少し昔ならちょっと違うアレン・ウォーカーを見ることができたのかぁ。少しだけそう考えて見てみたかった、なんて思うけど、思うだけで空笑いしかでてこなかった。ぶっちゃけ、そんなことあってたまるか、と思う。今より幼くて、あの世界よりも惨いこの世界なんて、生きていけるはずがない。ここに来たときも十分に幼かったけど、拾ってくれた人が良かったのだ。天帝のせいかどうかは知らないが、自分は運がよかった。でも、それだけだ。 「あの・・・」 「なに?」 ココアを啜りながらアレン・ウォーカーを見た。カップを両手で持って冷えた指先を暖めている。何かいい難そうであるが・・・一体何事だ。 「・・・お邪魔してもよかったんですか?」 「送ってくれたし、このくらいはしないと。それに、あんなにくしゃみを連発されると帰せません」 「いや、あの、僕は大丈夫ですから!」 なにやら必死な様子を不思議に思うが、特に気にすることはないだろうと判断して却下、と笑顔で切り捨てた。大体顔を真っ赤にして鼻をすすり、くしゃみまでされたらそのまま別れることなんてできるはずがないだろう。連発したくしゃみがなくても、家にはあげて暖を取らせるつもりではあったけど。いくら物語に関わりたくないからといって放置できるほどできた人間ではない。 「暖房器具がないから、あんまり暖かくできないのが申し訳無いんだけど」 「あ、いえ、十分あったかいです」 マフラーをぐるぐるに巻かれ、アレン・ウォーカーにとってはやや大き目のコートを肩にかけながら、笑顔でそう返してくれた。いい子だなぁ。あの師匠のおかげで苦労させられているだろうに、とぼんやり思いながら、まだ熱いココアをすする。その間にもアレン・ウォーカーを見ていたのだが、どこか落ち着かない様子でさり気なく部屋を見ていた。気になることでもあるのだろうか。まぁ、知らない人間、というか、知り合いの(ともいえなくもない)人間の家に上がればこれが普通かもしれない。 「何も無いから面白くないでしょ」 「え、あっ、いえ、不躾にすみません」 「いや、別にいいですよ。本当のことですし」 気付かれたことが後ろめたいのか、慌てて謝るアレン・ウォーカーに笑って気にするな、と声をかけた。申し訳なさそうな視線が突き刺さる中、ココアをすする。甘くて美味しい。そんなことをぼんやり思いながら、ココアを飲み干した。ちらり、とアレン・ウォーカーを見ると既に飲み干してしまっているらしく、カップを抱えて俯いていた。それもそうか、いい加減知り合いともいえなくもない人間の家にいるのは疲れるだろう。そう自己完結して、二つ目のマフラーを取り出して自分に巻く。不思議そうに見上げているアレン・ウォーカーには飴をあげた。なんとなく。 「そろそろ行こうか。遅くなったら保護者の方に申し訳無いことですし」 「え?」 アレン・ウォーカーはあげた飴をごりごりと噛み砕きながら疑問符を浮べる。噛むもんじゃないんだけどなぁ。にこり、と笑って飴をあるだけあげた。 「送ります」 「えっそんな!僕は大丈夫ですよ!」 「どうせこのアパートの五軒か六軒ほど先の宿でしょう?どうせ近いし、君を放って置けません」 「なんで・・・」 「この街に宿屋はあそこしかありませんから」 両手一杯に抱える飴を入れる袋を探しながら、他にあげれるものはないだろうかと探すが特に見つからなかった。朝から晩まで酒場で働いているため、酒場でご飯を済ませることが日常となっているから食料らしい食料を置いてないのだ。まぁそんなことになったのも、あまりにも貧相な食事しかしない自分に酒場の主人が見かねてご飯をおごって貰えるようになったからなんだけど。人情とはありがたいものである。 探し当てた袋をアレン・ウォーカーに手渡して、飴を入れるようにいう。素直に御礼をいいつつ、大量の飴を袋に流し込んでいた。我ながらよくもこんなに溜め込んだものだ。 「・・・こんなにたくさんもらってもいいんですか?」 「平気ですよ。一人じゃ食べきれないし、次から次へと甘いものをたくさんくれるお客さんがいますから」 本当のことだ。 「ではいきましょうか」 そういって飴が詰め込まれた袋を持ち、アレン・ウォーカーのマフラーを巻きなおしてコートのボタンを留め、そのまま腕を引いて玄関へと誘導した。アレン・ウォーカーが既に着ていたコートでは寒すぎるのだ。この街は寒さが厳しい。自分はそれほどではなかったが、鼻をぐずらせているアレン・ウォーカーでは風邪を引いてしまうかもしれない。あの師匠のことを考えると、絶対に引かせないほうがいいと思ったのだ。うん、病気の一種なのだから引かせないほうがいいに決まっている。風邪といえども侮ること無かれ。 靴を履いて外へとでた。続いて出てきたアレン・ウォーカーを確認し、戸を閉める。当たり前のことだが戸締りはきちんとしていく。がちゃん、と鍵をかけてアレン・ウォーカーへと振り向けば、空を見ていた。つられて見上げれば、灰色の雲から白い雪が降ってくる。いつも思うことだが、くすんだ色から白いものが作り出される光景は、いっその事奇跡だと思う。色のついたものから色がつく前のものが生み出されるそれは、とても綺麗だと。白という色が作り出されていると考えても面白いかもしれない。それでも一般的には、白は綺麗な色とされ、灰色はどちらかといえば汚れた色とされている。それを踏まえると、汚れた色から綺麗な色を生み出す行為を奇跡、と呼んでもいいのかもしれないと、そう思うのだ。 こんな小難しいことを考えても思考の迷宮に迷い込むだけであるし、結局は自然ってすごいんだよなぁ、という感想に落ち着くわけだから生産性があることとはいえないが、無駄だと思える思考を巡らせることは、結構好きだ。退屈は嫌いだけど、暇は好きだ。つらつらと思考を巡らせることができるから。 「・・・雪、降りましたねぇ」 「あ、すみません、ぼんやりしてしまって・・・」 「雪」 「え?」 「雪、好きなんですか?」 その問いかけに黙り込む幼い子。誰のことを思い出しているのだろう。知っているけど、問いかけた。悪いな、と思いつつも、問いかけてしまうのは性分だ。暗い色を宿している虚ろな目をみて、少しだけ後悔したけど。 にこり。笑って帽子を被せてあげた。 「雪って、きれいですよね」 「・・・そう、です、ね」 「見ていたいけど、風邪を引かないようにしないとだめですよ」 「それなら、僕よりあなたのほうが危なくはないですか?」 「自分は慣れ親しんでいるので平気です。慣れていない君のほうが心配ですよ」 そのまま手袋もはめさせて、完全防寒のできあがりだ。その出来栄えに満足し、にっこり笑って廊下を突っ切って階段を下りる。降りたところで後ろをついてきていたアレン・ウォーカーを待ち、一緒に並んで歩き始めた。空気は澄み、冷たいが気になるほどではない。灰色の雲の合間から覗く月が頑張って照らしてくれているおかげで、明かりには困らなかった。久しく、綺麗な夜だ。人影はなく、月明かりで青白く浮かび上がる街、ふわりふわりと降る雪。幻想的とはこういうことをいうのだろう、きっと。そんなことを思いながら、お互いに無言で歩く。アパートから近いから、すぐに目的の宿屋に着いた。その前で立ち止まり、やはり互いに無言で向かい合う。アレン・ウォーカーは俯き加減で表情がよく見えないから、何を考えているのかわからなかった。送ったはいいものの、アレン・ウォーカーが動いてくれなければどうしようもない。どうしたものか。 「・・・ここまで、送ってくれて、ありがとうございました」 「あ、いや、自分のほうこそありがとうございました」 どう言葉を切り出すか悩んでいると、アレン・ウォーカーが呟くように口を開いた。なんとか拾えた声に、オウム返しで言葉を返す。咄嗟だったとはいえ、なんとも頭の悪い返し方だよなぁ。自分で自分に呆れつつも、それじゃあ、と来た道を戻ろうとした。 「あの!」 「ん?」 「マフラーとコートと、帽子は、」 「あぁ、あげるよ」 やっと顔をあげたアレン・ウォーカーが目を丸くする。それに笑みを返して、言葉を続けた。 「それ、いらないから。押し付けるようで悪いけど、よかったら使ってあげて」 誰にでも嘘だとわかる。必要なものだ。でも、別に持っていなくてもよかった。いま自分がしているマフラーさえあれば、それでよかった。 「それじゃ、ばいばい」 手を振って別れた。前を向けばあの幻想的な光景が広がっている。空からは雪が降り、後ろからはお礼の言葉。中々に良い夜だ。 「あぁー・・・師匠に会わないですんでよかったー・・・」 本当、良い夜になったものだ。 (2008/12/23/) |