ジュニアは思いのほか強かったけど結構な修羅場を潜り抜けてきた自分にとってはまだまだで、ジュニアの宣言通りにはいかなかった。そのことが余程悔しかったのか、何度も何度も組手をし、勝ったり負けたりを繰り返した。組手はすきだ。体を動かすことはとても楽しいし、気持ちがいい。何より、忘れていられる。気持ちが前を向く。弱った気持ちを払拭できる。つまり、ストレス発散の一環なのである。元々体を動かすことも武術も好きだから、ということもあるのだけど。それにこれからのことを考えると、少しでも強くなっておいたほうがいいような気がしていた。だって、自分はこの世界に独りなのだ。あぁ、やってられない。


☆☆☆


「鬱憤は晴らせたか?」

 昨日の昼に出かけた街で、ジュニアが買ってくれた髪留めをつけるために苦戦していたときだ。煙草をふかしながらのブックマンの問いに目を丸くした。思わずブックマンを凝視すればなにやら落ち込んでいた様なのでな、と言葉が返ってくる。だから昨日は好き勝手やらせてくれたのか。ジュニアは気付いていなかったようだけど。見透かされているなぁ、とへらりと笑った。

「はい。ありがとうございました」
「礼には及ばん。こちらこそ楽をさせてもらったわい。馬鹿弟子を鍛えたくとも老人にはちと、きついものがあるのでな」

 にやり、と笑うブックマンに笑い返す。そんなこと、あるはずもないのに。未熟で、しかも子供な自分が相手をしてあげるより自分より遙かに強いだろうブックマンが相手をしたほうがいいに決まっている。老人とはいってもまだまだ第一線で活躍できる人だ。というか数年後にはエクソシストとして第一線にいる。あの程度でへばるほどの人ではない。優しい人だなぁ。

「謙遜」
「そんなもんはしとらんよ」
「ブックマン」
「なんだ?」
「もう、外、行く、探す、孤児院」
「気付いておったか」

 漢字が通じるって楽だ。筆談も交えての質問にブックマンは煙草をふかしながら目を丸くした。笑みを返して、さらにペンを走らせる。

「ずっと、世話、無理」
「・・・その年で自立しておるとは驚いたものだ」

 だって外見年齢の倍くらいの人生経験はありますから。なんていえるはずもない。普通に信じられることではないし、自分だったら信じられない。曖昧に笑ってペンを走らせた。

「成果、?」
「孤児院はなくとも、お主と同じ言葉を話せる人間を見つけてきた」
「すごい」
「なに、偶然じゃよ」

 素直にすごいと思う。昨日の散策でわかったが、この街はあんまり大きくはない。熊野よりも少し小さいくらいの面積だった。それでも十分に広いのに、この街からたった四日でみつけるとは。いや、もう謙遜どころじゃないだろう。すごいって。目を丸くしていれば、ブックマンは吐く煙で見事な丸を作った。

「あと二日じゃ」
「あ、はい、わかりました」

 ブックマンの言葉を正確に理解し、言葉を返したところでジュニアが戻ってきた。

「あれ?なにか話してたんか?」
「二日後じゃ」
「え?あぁ、それか」

 ジュニアも知っていたのか。ぼんやりとジュニアを見ていれば、どこか気まずそうに頬をかいた。気にすることはない、という意味を含めて笑えばジュニアは目を丸くし、すぐに仕方がないように笑う。今度は自分が目を丸くする番だった。

「んじゃ、勉強すっさ」
「あ、うん」

 なんであんなに寂しそうに笑ったのか、真意はつかめなかった。






(2008/07/10/)