自分の英語の出来は散々なもので、ジュニアに呆れられてしまった。それでも幼児化しているからか飲み込みは早く、一日みっちりしごかれたおかげで簡単な筆談は、出来てないけど英語は大分覚えたような気がする。気がするだけかもしれないけど、明らかに飲み込みは早くなっていた。さすが子供。幼児化万歳。いやいやよくないだろ。


☆☆☆


「はじめまして」
「ハジエアシレ・・・?」
「少し、違う」
「うーん、発音難しいさ」

 拾われて三日目、英語を習い始めて二日目。声がでるようになっていた。昨日はどんなに声をだそうとしても全くでなかったのに、ブックマンの針の効果は計り知れない。驚きすぎて適当な言葉を連呼していたらジュニアがこれでもかというほど目を丸くして驚いていた。どうやら自分を男の子と勘違いしていたらしい。若干声の音域が違うことに気付いて女の子だと気付いたとか。まじかよ。ブックマンはジュニアを呆れたようにみていたから気付いていたんだろう。ついでに着替えさせてくれたのもブックマンか。しかしこれ、男の子の服装なんじゃないのか。胸元を引っ張ってブックマンをみたらどこか苦々しい表情で宿屋の女将さんが用意してくれたとかで、あぁ最初はブックマンすらも勘違いしていたのかと悟った。子供だから見分けはつきにくいかもしれないが、ここまできれいに勘違いされるとどこか清々しいものである。
 そして今日もブックマンはどこかへとでかけていき、それを見送ったジュニアと自分は声が出るからと筆記に加えて発音の練習にとりかかった。もう難しいったらありゃしない。ジュニアは教え方は上手いけどスパルタであるし、飲み込み速度は上がっているとはいえまだまだ物覚えが悪いし、やってられない。受験勉強でもこんなに勉強したことはないよちくしょう。もう泣いてしまいそうだ。泣かないけど。内心悲鳴をあげながらも必死に頭に叩き込み発音の練習をしていると、教えてばかりで飽きたのかジュニアに自分の母国語である日本語を教えてくれとせがまれた。人の集中力が切れ始めて行き詰っているのを察したらしい。なんとまぁ末恐ろしい子供だ。こちらとしては好都合ではあるが、タイミング良すぎるよジュニアよ。好奇心にも勝てなかった、とも目で語っているけども。まぁ丁度気分転換でもさせてもらおうと思っていたし、英語を教えてもらっているしでそのくらいはいいのだけど。
 二つ返事で了承の意を伝え、早速簡単な挨拶を教えてみたが、やはり難しいらしい。まず初対面の人にいう挨拶を教えてみて復唱してもらったが、発音がところどころ可笑しい。たどたどしく覚えた数少ない簡単な英語で指摘してみるが、難しいといって何度も言い直していた。これは五十音を教えるところからはじめるべきだろうか。人に教えるという行為をあまりしたことがないからなんともいえない。ともかく挨拶だけ教えてみる。

「こんにちは」
「オンイチア?」
「こんばんは」
「オンバンア?」

 やばい。面白いかもしれない。笑ってはいけない、笑ってはいけないと自分に言い聞かせながら首を傾げるジュニアに今度は一文字ずつ区切って言い聞かせる。母音は捉えているからきっとすぐに発音できるようになるだろう。

「お・は・よ・う」
「オ・ア・オ・ウ?」

 駄目なようだ。やはり母音だけを捉えている。いいところまできているんだけどなぁ。昔滑舌が悪く、小学校の先生に矯正させられた方法をなんとか思い出そうとするが上手く記憶を引き出すことができない。変な発音で復唱するジュニアを目の前に首を傾げて、どうにかして記憶を遡った。それでもやはり思い出せない。仕方ないからジュニアと同じ方法で教えてみるか。

「えーと・・・」
「なに?」
「口、形、見て」
「んー・・・つまり、口の動きをみてってこと?」

 察しが良くて助かる。そうだと首を縦に振って、もう一度一文字ずつ区切って聞かせた。

「お・は・よ・う」

 ジュニアは言われたとおり自分の口の動きを見ているようだが、子供だといっても美形に変わりないのだから照れる。無駄に照れる。ちくしょうお前、なんでそんなに可愛いんだ。必死に平常心を保ちながら何度か復唱してみせた。

「んー・・・オハヨウ?」
「おぉ、言えてる」

 好奇心とはすごいものだ。少し教えただけで簡単な挨拶とはいえ、いえるようになってしまった。興味を持つ、ということはそれほどにすごいことなんだろう。飲み込み速度が半端ない。ためしにこんにちはやこんばんはも言わせて見たが、片言ではあったが発音はできていた。さっきまでは母音ぐらいしかできていなかったのに、本当にすごいなぁ。素直に感心して褒めてみればジュニアはどこか誇らしげで、あぁやはりまだ子供なのだと思った。なんとも可愛らしい。へらり、と顔が崩れた。

「でさ、この挨拶の意味はなに?」
「えっと、おはよう、朝、いう、挨拶」
「朝の挨拶?」
「こんにちは、昼、いう、挨拶」
「へぇー」
「こんばんは、夜、いう、挨拶」
「なるほどねぇ」

 単語でしか話していないのに納得顔で頷いているからちゃんと伝わったらしい。まだ幼いというのに理解力がある。これもブックマン後継者たる由縁なのだろうか。ふと、浮かんできた記憶に少し落ち込んだ。自分が気にして考えたってどうせ仕方のないことなのだろうけど、やはり一ファンとしては切ないところである。気付かれないようにため息をついた。

「んじゃ、お前の勉強再開すっさ」
「・・・うん。わかった」
「そんでさ、明日は街にでようぜ」

 引き篭もって勉強ばっかじゃ疲れるしさ、と笑ったジュニアに笑い返して、ペンを握った。






(2008/07/08/)