大変なことになった。それはもうとんでもないことに。目が覚めたら夢であってほしい、と眠る前に強く願った儚くも強い要望は見事に打ち砕かれ、何故か聞き取れる流暢な英語の挨拶に笑みだけ返した。やはり、声はでない。ぼんやりと宿屋の一室である部屋を眺め、まだ同じ室内にいる人物二人をさりげなくみて、現実なのだとため息をつく。俯いたときに見えた自分の手の小ささに、更にため息をついた。ありえないでしょ。ありえない。世界跳んでるってだけで信じられないのに、幼児化。しかも拾ってくれた人はパンダとウサギ。ここはあそこだ。巷で人気のダークファンタジー。

「朝からため息なんかついて、元気ないな〜」

 あってたまるか。


☆☆☆


 パンダことブックマンの治療を受けはしたが、どうやら声はまだまだでないらしい。ぶっすりとさされた針は怖かったが、ついでに疲労もとれるように治療してくれたようで起きたときにものすごく重かった体は時間がたつにつれだいぶ軽くなっていった。すごい効果だ。思わず目を丸くしてブックマンをみれば何故かジュニアが得意げに笑った。
 赤い髪の少年は、まだ知っている名前のあいつではない。ブックマンと旅をしているというところから教団に行く数年くらい前なのだろう。なにより小さい子供だし。ちなみに名前は教えてもらっていないし、教えていない。というか教えられない。だからジュニアと呼ぶことにしている。声にはだすことはないのだけど。
 目の前でよく喋るジュニアは自分の年齢を自分と同い年ぐらいかと問いかけてきたが、生憎と外見を把握していないので答えは持っていなかった。面倒だったから頷いてジュニアと同い年ということにしたが、ジュニアを見る限りでは自分も十歳前後ぐらいだろうか。もう一度少女時代を体験するとは夢にも思わなかったなぁ。実際はそんなこと、ありえないのだけど。ジュニアの話に相槌を打ちながら観察して思考を巡らせていた。

「ところでさ、お前がよければ文字を教えてあげるけど、どうする?」

 話が飛び、突然のジュニアの申し出には考えることもせずすぐに首を縦に振った。戻れる確証もないし、もしこの世界で行きぬくには世界で広く使われている英語は必要不可欠だろうと考えていたからだ。別に日本にいってもいいけど、あそこは伯爵の庭になっているはず。そんなアクマがうようよしているところになんかいけるか。内心で悪態をつきつつ、適当な紙とペンを取り出してきたジュニアに笑顔をむけた。ふと部屋の中を見回せばその意図に気付いたようで、何かを書きながらジュニアが口を開く。

「じじいならでかけてくるっつってどっかいったさ」

 聡い子だなぁ、と思いつつ持たされたペンでありがとう、と英語で書いた。

「あれ?わかるの?」

 簡単なものなら、ともう一度書いてみせた。いくら英語が苦手でも簡単な単語なら書ける。けど、幸先不安だなぁ、と笑うしかなかった。






(2008/07/08/)