旅に出て数年がたった。ブックマン後継者としても数年目のことだ。じじいについていろんな記憶をし世界に失望し、何度も違う名を名乗り何度も違う名前を捨てた。常に傍観者であれ。その教えのとおりの生活を送ることに不満もなにも抱かずに次の目的地に向かう途中だった。

「・・・おい、じじい」
「なんじゃ、次の街までもう少しだぞ」
「あそこ、あそこみるさ」

 道から少し外れた木の影。木の根元。

「誰か倒れてる」

 不思議な人間と遭遇した。


☆☆☆


 見捨て置くのも忍びないし見つけてしまったし、ということで人間を拾ったが、奇妙な人間だった。まず服装が奇妙だ。じじいがいうには、ずっと遠い東の国のものであるらしい。履物もそうだという。俺は行ったことも見たこともないからわからないけど、じじいがそういうのならそうなのだろう。まぁそれは別にいい。世の中には俺の知らないことなど腐るほどある。だから別に構いやしないのだが、その人間は何故か明らかに自分の体にあっていないだろうサイズを身に付けていた。俺と歳が変わらないだろう人間にしてはかなりの大きさで、ぶっかぶかな上に真っ黒である。大き目のサイズを好む輩もいるが、この人間には大きすぎた。子供がなぜ大人用であろう服を着用するのか。無理があるだろう。奇妙、というより変すぎた。変と言えば、拾った人間を宿屋に運んだ時もそうだった。じじいといろいろ話をしているときに、人間が起きた。ベッドから身を起こし、ぼんやりとした様子で俺たちや周りを眺める。とりあえず挨拶をしてみれば口を開け閉めするだけで、言葉がでてこない。不思議に思った俺は再度話しかけるけど、やはり声は聞けなかった。当の本人も目を丸くして、やはり口を忙しなく開け閉めするけどどうしても声がでないようだった。じじいと顔を見合わせて、声が出ないのかと問うと喉を押さえて苦々しく頷いた。なるほど、意思の疎通をはかることが難しくなったと知らず知らずのうちに眉を寄せた。
 仕方がないので筆談でも、と文字を書かせてみるが人間が書いた文字は読めなかった。じじいが辛うじて部分的には読めていたが、俺にはさっぱりだった。俺たちの言葉は理解しているというのに何故、とは思ったけどそれが通常に使われているという事実に思わず感心のほうが上回ってしまった。三つの文字を使い分ける言語は難解すぎる。当の本人はやっぱりなぁ、といわんばかりに苦笑いしていた。いよいよ本格的に意思の疎通が図れない事態に困ったが、人間が俺たちのいうことを理解できているようなのだから俺たちが質問や聞きたいことぶつけて人間がイエスかノーで答える、という原始的ともいえる方法で対処することにした。面倒だけど仕方がない。しばらくは世話することになるだろうし文字ぐらいは教えてやるか、と右手を差し出した。

「拾ったからには少しは世話焼いてあげるからさ、よろしく」

 人間は一瞬だけ目を丸くしてへらり、と笑い差し出した右手を握った。






(2008/07/08/)