馴染みとなったレストランで朝食をすまし、コーヒーを頼んだところだった。適当な世間話をしていたところを、無機質な音で遮られた。

「あら、いいわよ。しかし相変わらずだわねー」
「・・・いい加減にして欲しいんですけどね毎日毎日毎日毎日」
『え、ちょ、いきなりそれ?』

 ひどいなー、という言葉と一緒に笑い声が聞こえ、ついでに目の前でいやらしい笑みを浮かべているビスケにため息をついた。なにを好んで付きまとってくるのか、こちらはいい迷惑だというのに。

「それで?今日はなんですか?」
『うん、あー、進歩したよねぇ、最初なんて事務的でさー』
「そんなことありません。ただうざくて早くすませたかっただけです」
『初めて電話したときも開口一番に「うざい」だったよね、そういえば』
「あのときは別れた直後だったのでさすがに口をついてでてしまいました。迂闊でしたよ全く」
『それ暗に浮かれてて油断したっていってない?そんなに俺と離れたの嬉しかったってこと?』
「被害妄想も大概にしてくださいよ、シャルさん」
『うっわ、俺、君の満面の笑みが目に浮かぶんですけど』
「そんなことよりも今日は一体なんですか?また拉致という名のデートですか?」
『んー、むしろお誘い?』
「意志は尊重してくださいよ」

 ため息をついてそう返すはどこか楽しげに見えた。電話の相手がだれだか知らないが、最初のほうはこれでもかと眉を寄せて事務的に対応していたのに対し、いまでは敬語は変わらないが口調は柔らかくなり、会話も続くようになっている。あきらめたのか、心情に変化があったのか。それはわからないが楽しそうなのだから別に気にすることでもないだろう。

「、終わった?」
「はい、すみませんでした」
「構わないわさ」

 砂糖やらミルクやらをいれてもらったコーヒーを口に含めば丁度良い熱さだった。相変わらず人の好みばっちり把握しているなぁと、ある意味感心しながら口に含む。

「これでビスケのコーヒーも飲みおさめかぁ」
「ん、なによ、自分でいれたらいいじゃないのよさ」
「だって人が入れてくれたほうが楽だし、ビスケの砂糖加減は絶妙なんですもん」
「あんた面倒くさがりよね、案外」

 ビスケが好みのウェイターさんに紅茶のおかわりを頼むのを眺めながら、そうかなぁ、とコーヒーを口に流し込む。

「でも真面目だから面倒くさがりながらもやることはやる、って感じかしらね」
「えー、そんなことないですよ」

 不服そうに顔を歪ませればビスケは笑って、当人にはわからんもんだわよ、と笑った。

「そういえば、ビスケはこの後どうするんですか?」
「なによいきなり」
「いや、自分はいいましたけどビスケの聞いてなかったなぁ、って」
「そうだっけ?」
「そうですよ、自分ばっかりずるいです、教えてください」
「そうねぇ、ちょっと欲しいものがあるから、まずその情報集めってとこかしらね」
「ふぅん、じゃ、まぁ機会があれば頼ってくださいよ。三割引で請け負います」
「考えとくわ」

 おかわりした紅茶を飲む傍らで自分もおかわりをジュースにして頼む。

「あんたは世界中の遺跡をまわるんだっけ?」
「はい、そのつもりです」
「基礎的な修行は続けないさいよ、鍛えた意味がなくなる」
「わかってますよ、無駄にはしたくないですし」
「ほかには?」
「、はい?」
「いや、だから、遺跡なんてそんなにあるもんでもないでしょ?」
「いやいやいやいやいや、そんなことないですから」
「はいはい」

 即座に反論してみたら軽く流された。

「旅を続けるなら先は長いんだしさ」
「んー、この現状維持ができればそれでいいかなぁとは思ってます」
「現状維持とはまた面白みもなんにもない・・・あいつと暮らしててなんでそんなのなのさ」
「師匠と違って平穏を愛するんです。ほら、反面教師ってやつですよ」

 久々に自分で調節したコーヒーを片手に外を見上げれば、やはり空は晴れ渡っていて風が気持ちよさそうだった。






「ただ流れるように在ればいいんです。あの空のように風のように」