『もしもし?ー?俺だけどー、』
「俺だなんて人知りません人違いなんじゃないんですかそれになんで名前知ってるのか気になりますけどとりあえずなれなれしく呼ばないでくださいでは、」
『待って切らないで俺だよシャルナーク!!』
「、あぁ、シャルナークさんでしたか」
『ちょっ、酷いなぁ、舌打ちしなくてもいいんじゃない?』
「それで?なにか御用ですか?」
『相変わらずつれないねー、まぁそこがいいんだけどさ』
「・・・」
『ごめん、切らないで』
「・・・用件は単純明解簡潔にどうぞ」
『仕事手伝わない?』
「手伝いません」

 拒絶の言葉を短く即答して切った。何度も何度もあなたの仕事は手伝いませんといっているのに、シャルナークさんは諦めずしつこく誘ってくる。修行中だといってもなんのその。人の都合などお構いなし。そして修行なら俺がみてあげるのになどといいだす始末。ふざけるなと電話を切った記憶はまだ新しかった。重々しくため息をついて携帯を閉じ、机の上に投げ出して突っ伏せばあきれたような視線が突き刺さる。

「毎回毎回あきないわねー、そのやり取りも」
「好きでやってませんよ、こんなこと」
「今日で何回目よ?」
「・・・さぁ、思い出して数えるのもいやです」
「随分嫌われたもんだわさ」
「んー・・・嫌いなわけではないんですけど、しつこくって、もう、うざいっていうか、黙れっていうか」

 はい、と、渡されるコーヒーに礼をいい、息を吹きかけ冷ましながらも暖をとりつつ飲む。いい加減一緒に暮らして長いものだから好みの味など知り尽くされている。丁度いい甘さと苦さだった。

「そのわりに結構メールとかしてるじゃない」

 にやにやいやらしい笑みを浮かべながら正面に座るビスケは、なんだかんだいって結局は仲がいいじゃないかと目で語る。それにじと目で睨み返して、重く、深々と息を吐き出した。まだ半分以上あるコーヒーを机に置き、片手を頭を抱えるようにしてまた突っ伏する。

「だって返さなきゃうるさいし、無視されたとか思われるいやじゃないですか。かわいそうだし」
「んー、あんたは善くも悪くも真面目でマメなのよねぇ」

 コーヒーを飲みつつしみじみというビスケに、それ師匠にもいわれたなぁなどと思い出した。懐かしい。頭をごろんと倒せば頬が机に触れ、ひんやりとして冷たい。手を伸ばして放り出した携帯を掴んでメール画面を呼びだした。送信ボックスも受信ボックスもシャルナークさんの名前でいっぱいだ。というかシャルナークさんの名前しかない。そういえば旅に出た日には携帯も買い替えたのだから当然家族や友達のアドレスなど残っているはずもなく、そのあとすぐにビスケと残念ながらシャルナークさんとしか知り合っていないのだからふたりの名前しか登録はされていない。なんだか友達のいない寂しいやつみたいで居た堪れないような気がするが、まぁ仕方のないことなのだから気にしないことにする。何気なくメールを見直してみてもくだらないようなとるにたらないような、なんでもない内容が続くだけだった。なにが面白くてこんなメールをしていたのだろう。

「・・・色気のかけらもないメールだわね」
「あー、覗かないでくださいよー」
「覗いてないわよ、視界にはいっただけだわさ」

 そのわりには身をのりだしているとか、そんなこと指摘しても丸め込まれるのだ。無駄な体力は使わない。それに腕を伸ばしたまま見てくださいといわんばかりに晒されている携帯画面を、初めから放っておいた自分にも責任はあるのだから文句はあまりいえないだろう。みられて困るという内容でもあるわけでもないし、勝手に操作される携帯をぼんやりと眺めた。

「つまらないわね、これ」
「人の携帯勝手にみてそれですか」
「なにもいわなかったじゃないのよさ、嫌がられたらさすがのあたしもやめるわよ」

 けらけら笑って身を引き、飲みかけのコーヒーをまた飲み始めた。携帯の画面を待ち受けに戻してから閉じ、放って少し冷めたコーヒーにまた手をつける。猫舌な自分には丁度いいがビスケにとってはぬるいようで眉間にしわを寄せている。それでも飲むのはまだ飲めると判断したからかもったいないからか。まぁ十中八九、前者だろう。もったいないからといってビスケは我慢して飲みほしたりはしない。容赦なく取り替える、そんな人だ。

「そういえばあんた、これからどうすんのさ」
「、意味を計りかねますが」

 唐突な問いに少しずつ飲んでいたコーヒーから口を離し、一瞬だけ思案して思ったことを丁寧に返してみた。ビスケが唐突なのはいつものことだがいまのは本当に脈絡がなかった。

「もう少しで頼まれた修行過程が終わるのよ」
「ああ、なるほど、それで"これから"ですか」
「そ、"これから"。あいつの弟子だし、なんとなくはわかるけどね」

 そういって苦笑したビスケは呷るようにコーヒーを飲みきってどうなんだと視線をよこしてくる。それがどこか真剣みを帯びているのは、判明した自分の特別すぎる独得な力が関係しているのだろう。さて、どうしたものか。背もたれに寄りかかり、腕を組む。ビスケには感謝しているしあまり心配をかけたくはない。だからといって自分にはやりたいことだってあるのだし、あまりに危険だからと四六時中一緒に行動するわけにはいかない。ビスケの都合だってある。結局は自分のことを信じてもらうしかないのだ。とりあえずは考えていることを伝えておこうと、俯き加減だった顔をあげた。

「ご想像かとは思いますけど、ビスケと別れた後は世界中の遺跡をまわろうかと思っています」
「やっぱりか」
「はい。師匠に話を聞いてはいたんですけど実際にはみたこともないんですよ、古代遺跡」
「・・・、そっか、」
「心配してくれているのはわかるし、ありがたいんですけど、信じてくださいというしかないんですよねぇ」

 ビスケは、自分がいつか道を外してしまわないか、大きすぎる力に押しつぶされてしまわないか心配している。長い月日は互いの好みを把握するだけでなく、仕草や表情からある程度思考を読めるまでのことをもたらしてくれた。ポーカーフェイスを貫かれては無理な話ではあるが。困ったかのような笑みを浮かべればビスケは大きくため息をついた。

「ま、あの男の弟子だ。信じてみるか」
「師匠ってだいぶ信頼における人だったんですねー」
「いいや全く」

 頬杖をついた腕から頭がずれる。力強く放たれた言葉は先ほどの台詞と矛盾しているのだがこれはどういうことか。疑問符を浮かべる自分にビスケはけらけら笑った。

「・・・ビスケ、」
「、ごめんごめん、漫画みたいなことおこったからさ、」
「・・・」
「あー、うん。あいつは全てのことにおいては信じられなかったわよ、うん」

 軽く睨めばビスケは視線を逸らしながら考えるように腕を組んだ。若かりし頃のことでも思い出しているのだろう、垂れ流しの思考がどんどん師匠への愚痴となっていく。だいぶいろいろとやらかしたようだ。

「あんなすっごくややこしい問題に自ら首突っ込んだり死にそうな目にあってもげらげら笑ってやがるようなやつだったけど、どうしてか不思議と信じられることがあったのよ」
「・・・なにがですか?」

 酷いいわれようだと、思いながらも全くその通りだと納得している自分がいる。矛盾しているのは自分もだった。

「ひとつ、約束は必ず守る。ふたつ、何故かこいつは何事にも屈しない」
「おぉ、ふたつもある」
「そうなのよ、ふたつもあったんだわさ」

 妙なところで納得しあった。

「あいつは四六時中なにかをやらかしてはいたけど、何にも屈しはしなかった。ありのままの自分でいつも歩いてたわ」

 だから弟子のあんたも信じてみる価値はある。そう語るビスケは酷く懐かしそうで、口では散々扱き下ろしてはいたが根元のところでは信頼を寄せていることが感じられた。次の瞬間には貶しはじめるが至極楽しそうだった。
 ビスケの昔話に相槌を打ちながらぼんやりと、思う。成長して、こうも昔のことを楽しく面白そうに語れるだろうか。何十年も前のことを、色褪せずに脳裏に焼き付けられてしまうような日々がくるのだろうか。そんな日々が在るのだろうか。もし在るのだとしたら、それはひどく幸せなことなのかもしれない。いまだ語り続けるビスケを眩しそうに目を細めながら眺めた。

 いつかそんな日がくればいいと想いながら。