重大発言からさらに四ヶ月。いつも行っていた修行の中に系統別修行を取り入れ相変わらずのスパルタメニューをこなしていた。反復が大事ってよくいわれるけどそれは確かなことだと思う。この四ヶ月の間で堅や練の 維持時間が飛躍的に伸びたのだ。それにビスケから十七本中二本くらいはとれるとようにもなった。自分がこれに一番驚いたのはいうまでもない。だって、そうじゃないか。ありえないとか思っていたんだ。ビスケからあれ以上ダウンを取れるようになるとは、思ってもみなかったんだ。

「まぁそのへんはあたしの教育の賜物よねぇ」

 そんなことをいうビスケをじとりと半眼でみやるが否定はしない。たしかにビスケの教え方は的を射たという 表現がぴったりだったと思う。伊達に長く生きてはいないし、さすが師匠の友達、とでもいうべきか。咳ばらいをして目を光らせたビスケ(迂闊なことを考えると最凶の平手がとんでくる) に今日の修行はなんなんのか問いかけた。

「今日もまずはいつものやって、それから系統別だわね」
「種類は?」
「これ」

 ビスケが指差した地面には簡易あみだくじが描かれている。本数は六本。

「…またですかこれ」
「っていうかいい加減予定聞くのやめないよ」
「…だって師匠突然前触れもなくさらに難しいこというときあるじゃないですか」

 眉を寄せながらも六本あるなかの一本を選ぶ。それにビスケが横線を書き足して いった。ある程度の本数を書き、線をたどり始める。それを横目で終着点に目をやった。





「で、自分の系統はいったいなんになるんですかね?」

 あの発言のあと、なにもいわないビスケに畳み掛けるようにしてやや早口でそう聞いた。 ビスケは目で説明しなさいよと訴えるが死に物狂いで完全無視を貫くと呆れたのか、大きくため息をついた。背中を伝う汗が、どれほどの殺気に似た重圧をかけられていたかを 物語っている。本当に、本気で怖かった。

「見たところによると、あんたは全ての属性を使えるみたいだわね」
「・・・全部、ですか?」
「そう、全部。グラスから水があふれた、異物が現れた、葉が動いた、色が変わった、 後で確かめてみたけど水の味も変わってた。それ以外の反応もみられた。これ、全部 属性ごとに違う反応なんだけど、あんたの場合は全部あった」
「それで全ての属性が使えるということですか」
「ま、そういうことだわさ」

 すたん、と座っていた岩から小気味のいい音をたてて着地する。そして真っ向から睨むように見据えられた。真っ直ぐな目と迫力に、思わず怖気づく。

「いい?これは前例のないことだ。普通はひとつの系統しか扱えない」
「・・・本当にひとつしか扱えないんですか?」
「細かく言えば"百パーセント力を引き出せる系統はひとつしか扱えない"ってことだわさ。 だけどあんたはそれを覆して全部できる。この意味がわかる?」
「・・・訓練しだいではある意味最強、そして他人に知れればこの力を悪用しようと欲する やつがでてくる」
「ん、その通り。だからあんたは誰にも話さず、一生その事実を隠し通さなきゃ いけない」

 剣呑な光をおびてくるビスケの目を逸らさないようがんばりながら真剣な表情を して頷く。しかし、実に面倒なことになったものだ。隠し通せればいいかもしれないが、人生、そんなにうまくいくものではない。きっといつか誰かに知られてしまう。それが師匠やビスケのような人ならば全然構わないのだが、そんな人が悪人よりも断然少ないに決まっている。ただ自分は運がよかっただけだ。この世界に落ちたとき、師匠に、家族に、そしてビスケに会えたことはただ自分が強運だっただけ。だけどそれがこれからも続くとは限らないし、ビスケに会えたことが本当に良かったというほど良かったとはいえない。実際何度も死に掛けているし、この強すぎる力を悪用しようとは思わないという点においてのみ、ビスケでよかったというだけだ。それを抜かすと師匠も家族もある意味出会ってしまったことが運が悪かったと呼べるだろう。いやいや、なんだか論点がずれてしまった。

「なにを考えてたかは知らないけどさ、これからきっつい人生が始まるわよー、覚悟しときなさいな」
「・・・はい、師匠」

 そんないかにも楽しくて仕方ないという笑みを浮かべていう台詞ではないでしょうと思いながらため息をついた。





 いまではもう懐かしきあの日のことに思いを馳せていると簡易あみだくじが終わったようで、今日の系統別修行は放出系と言い渡された。

「それじゃまずは準備運動といくわさ」
「はぁーい」

 そうして今日もきつい一日が始まる。