いまだに名前も覚えていない街を外から見て、たった四、五日程度しか 離れていなかったのに酷く懐かしい気がした。住んだ覚えなんかないけど。 むしろ初めて訪れたときしか足を踏み入れていない。

「……」

 しばらく街の名前が書かれた看板を眺めてから足を動かす。 むかうはビスケとの待ち合わせ場所。
 初めて出会ったあのレストランだ。





 カランカラン、と鐘の音が鳴る。店内をぐるりと見回して寄ってきた店員さんには片手を振ってあしらい、目的の人物が座る席へと近寄った。目の前に座ればたったいま気づきましたといわんばかりに顔をあげる。

「あら、意外と早かったじゃないのよさ」
「まさか。予想の範疇内なんじゃないんですか、このくらい」

 まぁね、といってコーヒーを飲み、見ていた雑誌を閉じてテーブルの上に置いた。 それを横目にみながら通りかかったウェイターにカフェオレを頼む。

「それで?ちゃんと取れたんでしょうねぇ?」
「もちろんです。取れなかったら堂々とここにいません」

 むしろ逃げてる。口にはださずに内心、小さく思った。まぁ逃げられるわけがないのだが。ビスケの目つきが一瞬鋭くなったからそんなことを考えていたことがばれたかもしれない。あんまり下手なことを考えないほうがいいな、これは。鋭い視線か逃げるようにかばんに手を突っ込んでハンター証をとりだした。

「はい。これですよね」
「ん、本物だわね。ハンターになってはじめての仕事はこれを守りきることよ。 頑張んなさい」
「いわれなくても。自分が苦労して手に入れたものをそうそうたやすく 手放すつもりはありません」

 ていうか、本物か確認するってちょっと酷くないですか、といえば一応ねー、と返された。まぁ、そんなこといってもテーブルの上にあるハンター証をちらっとしかみなかったから信頼されてないということはないだろう。運ばれてきたカフェオレを一口飲んで一息つく。

「それより、苦労した、みたいなこといってたわね」
「はい?」
「ハンター試験」

 あぁ、とだけいってついこの間終わったハンター試験へと思いを馳せる。たぶん、あの人とさえ会わなければ順風満帆に試験を終えれただろうということは意識の外へと追いやった。でも、あの人がいたから面白かったともいえなくもないことなのだが。

「…ま、深くは聞かないわさ」

 そういってビスケが立ち上がり、今日はあたしのおごりね、といってレジへと向かう。気を使わせてしまったことにすこし反省して、残りのカフェオレを一気に飲み干して席を立ち、もう既に外へと出たビスケを 追いかけた。それにしても、気を使わせるほど遠くでも見つめてしまったんだろうか。





「さて、ハンター試験も終わったことだし、 これから系統別修行にとりかかろうと思う」
「はい」

 なじみの山に入り、さっさと荷物を置いて修行を再開した。 当たり前のことだがあの日からまったく変わっていない。ここも懐かしく思えた。

「この間は水見式やる前にハンター試験にいかしちゃったし、そこからやりましょ」
「はーい、ってもう準備万端ですね、師匠」

 ビスケが指差した先には切り株の上に乗った水見式セット。自分が荷物を置いてくる間に準備したんだろうけど、手早いというかなんというか、さすが師匠の友達。ちらり、とビスケをみればさっさと来いといわんばかりに手を招かれた。

「ほら、さっさとやっちゃいなさいな」
「はーい、練をするだけでいいんですよね」

 わかりきっていることを一応確認するために聞き、切り株に近寄った。一度大きく深呼吸し、覆うようにして手を近づけて練を発動させる。意外と緊張するものだな、これ。

「…えっ」

 しばらく反応がないかと思えばいきなり水がすごい勢いで溢れ出した。かと思えばなにか青い石のような塊がいきなり何個も現われ、水の色も透き通った青へと変化する。木の葉なぜか浮いているし 水が今度は赤に変化した。

「ちょっししょ、」

 慌ててビスケをみやればこれでもか、というくらいに目を見開いて固まっている。ここまで酷く驚いているビスケをみるのは初めてだった。そのくらいにこれは異常だということ。いまだに赤い水が溢れているグラスに目を戻すと、なんだか今度は光っていた。

「なにこれっ!」

 急いで練をやめようと思ったらグラスにヒビが入り、砕けて弾けとんだ。





「あんな反応、みたことないわね…」
「痛い!」

 弾けとんだガラスでついた傷を消毒してもらいながらさっきの反応を思い出す。たしか教えてもらった反応とはまったくといって違う。最後には光っていたし、一体なんなんだか。

「はい、終わり」
「すっごい痛かったんですけど…」

 気にしない気にしない、と笑って救急セットをしまうビスケをじと目でみながらお礼は一応いう。にしても本当に痛かった。涙目になってしまった目を擦りつつ、ビスケの視線になんですか、と問いかけた。

「いや、あんた、さっきの反応になる心当たり、ない?」
「心当たり、か…例えばどんなのですか?」
「…人外、とか」
「自分は化け物とでもいいたいんですか」

 はぁ、と溜息をついて頭をかく。自分は人以外にありえないことだ。 これは確実であり動かない事実である。でも、心当たりがないといえば嘘になる。 それは、自分の根本に関わることであり、 軽くいうことではないのだ。いうのが躊躇われるが、いわなければ先に進めない。今度は大きく、肺の中にある空気をすべて吐き出すように溜息をついた。

「自分、この世界の人間じゃないんですよ」