むだに長い学校の校長のような話をうとうとしながら聞き (隣には当たり前のようにシャルナークさんが座っていた)、 軽い挨拶をかわして解散となった。 * 廊下に二人分の足音が響く。眉間にきつく皺を寄せ、不機嫌そうに歩く自分と笑顔を振り撒き飄々とした印象を 受けるシャルナークさんとの二人組に、たまにすれ違う人たちはその空気の違いに怯え、道をあける。少し申し訳ないような気がするがこちとらそこまで気を配るほど余裕がない。疲れているのだ。そしてまだ、発散しきれていない。 なにより隣を歩くこの男が原因だ。 「……なんで一緒についてきてるんですか」 「ん?出口まで一緒したっていいじゃん。それに、聞きたいことあるし」 「へぇ、一体なんの用事ですかね。もし頼みごとなら断ること確定だということを 頭に入れといてください」 「君さ、この後暇だったりしない?」 睨むように見上げればその怒りのこもった視線を笑顔で受けて自分の言葉の後半部を 聞かなかったかのように返事を待っている。それにきつく睨んで大きく溜息をついた。いい加減疲れた、諦めよう。そうしたほうが幾分かは体に優しいはずだ。 「暇だったりはしません。これからそのまま師匠のところへ行きます」 「ふーん…それは残念だな。仕事、手伝って欲しかったのに」 「…ちなみに、何も用事がなくて断ってたらどうしてました?」 「問答無用で拉致る」 お姉さまがたがすきそうな爽やかな笑顔でそう即答するシャルナークさんはきっと、 有言実行するんだろう。そう思うとこれから会う師匠に少しばかり感謝した。 たとえその後にスパルタメニューが待っていたとしても。この人と一緒にいるよりは、たぶん、きっと、ましだ。 「あ、出口だ」 「本当ですね。あー、これですっきり、清々する」 それはなんでも酷いんじゃない、とかいうシャルナークさんを黙殺して外へと出る。青天白日、いい天気だ。後ろをむけば、拗ねたようなシャルナークさんが丁度、出口をでたところだった。 「それでは一応世話になったということで、ありがとうございました」 「ん、あぁ、こちらこそ。俺としてはもう少し一緒にいたかったけどね」 「そうですか、それは残念なことですね」 「…満面の笑みでいうこと?そんなに嬉しかったりするわけ?」 「あっはっは、なにいってるんですか、当たり前ですよ」 その言葉にシャルナークさんは沈黙して、なにかを考える風に視線を寄越すもんだから 内心慌てて言葉切り出す。 「それでは、そろそろいきますね」 「…、やっぱ拉致ろうかなぁ」 「え?なにかいいましたか?」 「…、いや、なんでもないよ。あ、それはそうと名前ぐらい教えてよ」 その言葉に、このハンター試験の間ずっと『しがない一般人』といって押し通してきたことを思い出した。黙って返事を待つシャルナークさんを見上げながらどうしたもんかと思案する。別に教えたって支障はないけど、ここまできたのなら意地を貫き通したいところではある。でも、なんか、教えなかったら帰してくれなさそうだ。この人ならそのくらいはしそう。シャルナークさんを見上げながら仕方ない、とかばんをあさって手帳を探した。 「…なにしてんの?」 「んー…ちょっと待っててください。覗かないでくださいよ」 見つけた手帳にまだ探しているように装いながらペンで書き込んでいく。書きおわると手帳を閉じ、かばんに手を突っ込んだままシャルナークさんを見上げた。 「ん?おわった?」 「はい、まぁ」 にっこり笑えばシャルナークさんもつられたようににこっと笑う。その笑顔を維持した ままかばんに突っ込んだ手を素早く引き抜き握っていた手帳を顔面めがけて投げつけた。 「隙あり!」 「う、わっ」 シャルナークさんは余裕で避けて手帳も受け止める(この人は絶対にできる)のを 見届ける前に軽く肩に手をつき、地面を蹴り上げ、腕にも力を入れて一回転。驚いた顔ににぃっと笑い、すぐ後ろに着地する。 「試験中は疲れさせられたし振り回されたし迷惑千万でかなりムカついてたけどさ 、それなりに楽しくて面白かったよ」 背中に額を預ける。シャルナークさんは振り返らない。 「ありがとう、またね、シャル」 * その言葉と同時に地面を蹴った少女は、数瞬後には気配が微塵にも感じられなく なった。 「…まいったなこりゃ」 もらった手帳で顔を仰ぐ。顔が熱い。まさか最後の最後であんなことをされるとは 思っても見なかった。あんな声で(愛称だったとはいえ)名前を呼ばれるとは思わなかった。 「拉致ろうかと思ってたけど、これはこれで収穫かな」 手帳で仰ぐのをやめ、走り書きされた文字をみる。 「、ね」 さて、この手に入れた番号とアドレスはどうしようか。まだほてった顔で背伸びをし、空を見上げる。青い空はただ行く末を見守るように存在していた。 まぁとりあえずはラブコールでも送っておこうか。 |