「・・弟子?あんたが?」
「はい」

 思いっきり胡乱気な視線をよこすその人はまだ、警戒をとかない。

「とはいっても師匠は弟子を取らない主義だったので“自称”ということになりますが」
「まぁ、あいつは裏試験でも弟子をとらなかったしね。自分は情報屋だといってよく逃げてたもんだわ」
「その師匠からあなた宛に手紙を預かっています」

 手に持った黒い手帳の間から白い封筒をとりだし差し出す。受取人はしばらく自分と手紙を交互に眺め、やっと手にとった。そのことにほっ、と一息つく。これで師匠から頼まれた役目は終わりだ。あぁ早く頼んだものこないかな。ぼんやり考える頭にびり、と紙を破る音が異様に大きく聞こえた。

「・・・・」

 便箋を開いて数秒で握りつぶす。警戒された空気が怒気へと変わり、傍目からも尋常にないくらい怒っているのが わかった。ぼんやりしていた頭は一気に叩き起こされ、さっきとは違ういやな汗が背中につたう。

「認めよう。あんたは自称でもあいつの弟子だわさ」
「わかりました。では私はこれで」
「頼んだものきたわよ」

 女のウェイトレスさんが朗らかに運んできた。お待たせしましたー、と語尾を伸ばし笑顔で自分の前におき、レシートを裏返しに机の端にのせて立ち去る。去り行くウェイトレスさんの後姿を眺めながら(足きれいだななんてそんなこと断じて思っていない)そういえば頼んだっけ、と、あまりのことに注文したことが頭から吹っ飛んでいたことに気付いた。目を丸くしたまま視線を移動させた先のとナポリタンは美味しそうに見えるがいまは全くといって食欲がない。 ここに入るまではあんなに腹が減っていたというのに。さっきまで食べる気満々だったというのに。それに加え怒っている人の前で呑気に食べるのも憚られた。(呑気というか自分はだいぶ疲弊しているが)
 どうしようかと逡巡していると空気がかわった。顔をあげると申し訳なさそうに笑っている外見少女の実年齢・・・、やめとこう。

「悪かったわね。それ、食べちゃいなさいよ」

 そういって男のウェイトレスさんにコーヒーのおかわりを頼む目的の人は先ほどまでの険悪でぴりぴりした空気は霧散させ、最初にあった穏やかな雰囲気に戻っている。そのことに一安心した途端に体が食べ物を欲し初めて我ながら現金なものだな、と思いつつもお言葉に甘えることにした。あぁ、美味しそう。
 フォークを手に取り、さぁ食べようとしたところでその人はいま思い出したかのように 何気ない口調で言葉を声にのせた。

「あんた、今日からあたしの弟子ね」


 かしゃん、とフォークを取り落とした音が小さく響いた。