「そんなわけでやってきました。ここは自分の知らない名前もわかんない街っと」

 なんてことをいいつつも名前は当然わかってたりするのだが、 覚えるつもりなどさらさらないから知らないも同然だ。街の名前がかかれた看板を素通りしてレンガ造りの歩道を歩き街中に入ってみたはいいが、こうして突っ立っていても仕方ないのでとりあえず腹ごしらえでもしようかと適当なレストランを見繕って入った。
 そこはお世辞にも繁盛しているようには見えないがレトロな感じにアットホームな 雰囲気がなかなかにいい感じである。ちらほら座っている客も思い思いにくつろいでいるからきっと常連なんだろう。実にいい感じでくつろげそうだ。気分よさ気にさりげなく店内を見渡し、とある人物を見つけて案内してくれようとしている店員を適当にあしらってその人の前に座った。

「・・・あなたは、?」
「初めまして、ビスケット・クルーガーさん」

 見ず知らずの他人に名前を呼ばれたせいか眉を八の字にして困った顔で、少し戸惑っているように見えた。内心全くの逆だろうが。

「聞いていた通り、猫かぶりがお上手ですね」

 顔がひきつったのがわかった。それににこり、と笑ってかばんから黒い手帳を取り出す。 注文をとりに来たウェイトレスさんにはナポリタンを頼んだ。

「ビスケット・クルーガー、プロハンター。 外見は少女にみえて実年齢は・・・伏せておきましょう。念を覚えたのは大体四十年ほど前。 弟子にウィングという男性がいるそうですね」
「・・・あんた、何者だわさ」

 被っていた猫は取り外され、表情は消されて瞳には剣呑な光が宿る。殺気とまではいかないが一般人なら怯え恐怖するだろう。自分もその中のひとりだ。めっちゃ怖いよこの人。引きつる頬や震える体を抑え、平静を装った。この人には通じないだろうけれど。師匠の友人というのなら。背中に冷や汗がつたう。

「情報屋『Mad as a Hatter』の知人です」


 やせ我慢でも笑顔でいえたぶんだけ及第点じゃなかろうか。