そいつはとても奇妙な女だった。





「騎士長閣下!」

 呼ばれた声に反応せずにまっすぐに歩く。俺の部屋はこっちだったはずなんだけどなー、なんて迷いなく進んでいたらまた呼ばれて、今度は腕を引かれた。
 反射的に振り向けば息を切らせた女王補佐官。

「騎士長閣下の自室はそちらではありませんが」

 俺をまっすぐに見返す女王補佐官は、一言でいえば変な余所者だった。
 余所者とは、この世界の住人から好かれる存在だ。自分でいうのも変な話かもしれないが、この世界は些か、いやかなり物騒な世界だ。重役たちの気分次第で殺されるし生かされるし、本当にちょっとしたことで殺される。俺も気に入らなければよく殺した。アリスが良い顔をしないから最近は控えているけど、陰ではやはり殺したりもする。そんな血なまぐさい世界で好かれるということは、殺される機会が少なくなることだとアリスがいっていた。そういう身の安全を保障された身分を捨てて元余所者となり、役職についたこの人間は変だともいっていた。少なからず普通の人間だったらそんなことはしない。これもアリスがいっていた。俺としてはよくわからない話だが、余所者のことは余所者の意見が正しいのだろうと思う。
 だからこの女王補佐官は変、なのだ。

「…あれ、俺、まだ騎士長閣下とか呼ばれる身分なんだ?」
「あ、はい。閣下が殺されない限りは剥奪等はされることはないでしょう」
「あ、そう。俺はそんな肩書きいらないんだけどなー」

 見下ろす女王補佐官の声は低めのアルト。アリスは落ち着いたソプラノの音。うん、アリスの声のほうがすきだな、俺。なんてことを考えていたらなんだかアリスの声が聴きたくなってきてしまった。

「ちなみにアリスは女王様とペーター様に捕まり、庭でティーパーティの最中です」

   俺の思考を見透かしてか、アリスの動向を教えてくれた。先ほどの気持ちのこもった声とは違う無機質な声。どうやらこの女王補佐官はアリスがお気に召さないらしい。そういえばアリスも気にしていたな、と、ふと思い出した。

「ねぇ、君さ。アリスのこと嫌い?」
「特には」

 即答だった。でもその無機質な声の奥に潜む嫌悪感を隠しきれていない。にやり、と口角を持ち上げた。

「俺、アリスが好きなんだよね」
「存じ上げております」
「君さ、俺のこと好きなんだったよね」
「そうです、覚えてくださっておりましたか」

 嬉しそうに破顔する女王補佐官。あぁ、なんていうんだろう、この感覚。

「胸糞悪いな、君」

 投げつけた言葉に間髪入れず、女王補佐官は更に笑った。

「えぇ、存じ上げております」

 ここだ。ここが、気に食わない。アリスに何故気に食わないのと聞かれたときに答えられなかった答えは、これだ。

「前々から思ってたけど、君って気持ち悪いね」

 俺からの言葉は、どんな侮辱でも罵倒でも悪態でも全てを受け入れ嬉しそうに笑う。言葉を交わしているだけで至福だといわんばかりの態度。
 変、というより、生理的嫌悪が先立つ。気色が悪い。

「君さ、俺に愛されたいとか思わないのか?」
「もちろん、愛してくださるのなら愛していただきたいですが、」
「が?」
「それはあり得ない」

 破顔して言い切る女王補佐官に目を丸くした。なるほど、これは一本取られた気がする。

「言い切っちゃうんだ」
「私とて、理解しております。騎士長閣下は私の愛する御方ですから」
「なるほど、吐き気がするから二度とそんなこといわないでくれるかな」
「かしこまりました」
「一つ、君を愛する方法があるよ」

 そんな薄ら寒いことを言い放ちながら腰の剣を抜く。女王補佐官の喉元に突きつけるが、女王補佐官は俺を見上げたまま微動だにしなかった。面白くない。けど、まぁ、いいか。
 にぃ、と唇で三日月を作った。

「死んでくれるかな」
「喜んで」


 やっぱり君は破顔してそういうんだね。





(2012/07/29/)