お昼のティータイム。気まぐれに帽子屋屋敷に立ち寄ってみたらそんなのもが開かれていて、折角だからと誘われた。この後用事という用事もなかったし、ただの散歩だったから断ることもないだろうと二つ返事で承諾したのが運のつきだったかもしれない。 「ん?どうしたんだよ。全然食ってないじゃねぇか」 「いや、うん、あ、はは、はははははは」 見渡す限りテーブルの上はオレンジ色。左を見てもオレンジ色。右を見てもオレンジ色。どれを食べてもにんじんの味がちりばめられている。なんだこれは。拷問の一種なのか。なんてファンシーな拷問だよにんじん料理攻めなんて聞いたことないっていうかこんな目にあう理由がわからない。帽子屋屋敷の料理人が作っているだけあってどれもこれも美味しいのだか、いかんせん飽きる。飽きる。にんじんばかりで飽きる。飽きるったら飽きる。これで食が進むと思っているのかこの馬鹿ウサギは。じろり、と睨みあげてみてもエリオットはきょとんとして不思議そうに見返してくるばかりだ。あぁそうかさっきからすごい勢いでにんじんにんじんと嬉しそうにしていたし、いまだって手を休めずにぱくぱくと美味しそうにひたすら食べているからこいつにとってこれは苦痛ではないのだ。むしろ反応をみるかぎり歓迎されるべきこと。あぁ信じられない。 「エリオット、君は可笑しい」 「はぁ?いきなりなんだよ」 「あ、いや、つい本音が・・・。気にしないでくれていいよ」 頬杖をついてため息をつく私に疑問符を浮かべながらもそうか、と空になった皿にエリオットはにんじん料理をよそっていく。量が量なだけに機嫌よさ気に行われるそれに若干引きながらも、エリオットの幸せそうな顔をみていれば気にならなくなった。いや、嘘だけど。 「随分締まりのない顔だ、お嬢さん」 「ブラッド」 いままで我関せずとばかりに全力でオレンジ色で埋め尽くされたテーブルを視界に入れないようティータイムを楽しんでいたブラッドがテーブルに背を向けていつの間にか隣に座っていた。いつ移動してきたんだ。 「そう?」 「そうだとも。実に締まりのない幸せそうな顔をしていたぞ」 「ブラッドだっていつも締まりのない顔してるじゃない」 アリスが傍に居るときとかー、とにやにやしならがら横目で視線をむけるがブラッドは紅茶を優雅に飲みながら余裕で流した。おまけとばかりに幸せそうな表情全開なのだからからかいがいがない。つまらなさそうに視線を前に戻しつつ、紅茶で咥内を潤せば帽子屋特有のブレンドが相変わらず美味しくて、なんだか面白くなかった。眉を寄せて仏頂面で紅茶ばかりを飲んでいると真正面から視線を感じて、俯きがちだった顔をあげれば何故だか耳が垂れ下がってしょんぼりしているエリオットがいる。食べ途中だったのかフォークを口に突っ込んだまま、子供かこいつは。ちくしょう可愛いやつめ。 「どうしたよ、エリオット。なにかいいたげみたいだけど」 「ん?いや・・・」 「なによ」 「美味いか?」 一瞬なにを聞かれているのかわからなかった。美味いか、だなんて、美味いに決まっている。そうでなければこう何杯も飲んだりなんてしない。私としては察して欲しいところだったが、エリオットがあまりにも真剣な顔をして聞くもんだから素直に答えた。 「美味しいよ。そうじゃなきゃいつまでもここに居座ってないし」 「そうか!あーよかったぜ!あんたがこう、眉間にしわを寄せてよ、なんだか難しい顔してたもんだからてっきり気に入らないもんだとばかり思っちまった」 「馬鹿だねーエリオットは。私は不味けりゃ不味いってはっきりいうよ」 「そうだよなー、あんたそういう奴だ。だから可笑しいと思ってたんだ」 さっきまでのしょんぼりした顔や真剣な顔、いまのにこにこと笑う顔。垂れ下がったりぴん、と伸びたりして忙しい耳。可愛い。本当に可愛らしい奴。これで表情に締まりがないとか緩んでるとかいわれてもしかたないことだろうと思う。にこにこ上機嫌な私とにこにこ嬉しそうなエリオット。大きな差異はあるけれどいまはそれでいい。 「だから自信持ってもいいんじゃない?美味しいよ、これ。ほら、わけてあげる」 「・・・!あんたって、なんていい奴なんだ・・・!!」 「いやいや大袈裟な」 なんてことをいいつつもエリオットの感動したかのようにうるうるした目や向けられる表情に私の顔は緩みに緩んでいる。もうだめ、本当にこいつ可愛い。可愛すぎる。しかも弄りやすいなんて、こんな優良物件、他にはない。ぐっ、と身を乗り出して力任せに頭をなでてやれば疑問符は浮かべても嬉しそうになされるがままだ。あぁ、罪作りな男め。危険思想だらけの城なんかじゃなくて帽子屋に居候すればよかった。 「んじゃ、エリオット、これ一緒に、」 「あぁまだまだたくさんあるんだ!一緒に食おうぜ!」 エリオットってそんな紅茶好きだっけ、と思いつつも飲もうよ、と締めくくられるはずだった言葉はエリオットの嬉しそうな声で遮られ、ポットに伸ばされた手は凍りつく。飲もうではなく、食べよう。その意図するところは。 「いやー、本当によかったぜ!俺一人で食っちまったら二人に申し訳ないもんな!こんなうめぇもん、独り占めしちまうなんて勿体ねぇしよ。なのに俺のためにわけてくれるなんてあんた、本当にいい奴だよな!」 「エリオット・・・」 「ん?あ、そうそう俺の一押しはこのにんじんスコーンだな。にんじん特有の甘い風味を生かさず殺さず絶妙なんだぜ!」 「いや、それはちょっと、」 「どうした?たくさんあるから食べ過ぎたっていいんだぜ!あとな、にんじんケーキも捨てがたいんだよなー」 負けた。にこにこと機嫌よさげに皿によそってくれるエリオットに負けた。一生懸命にどれが美味しいとか解説してくれるそんな姿に負けた。がくりとうな垂れる私にオレンジ色で埋め尽くされた皿を差し出ししつつもそれがとどめだなんて気づかずに心配そうな視線と言葉をくれるエリオットに負けた。 「あぁ、うん、大丈夫、ありがとう・・・オイシソウネ、コレ」 「だっろー?どれも俺の一押しだぜ!にんじんタルトなんか甘そうにみえて甘さ控えめでよ、」 「うんうん、さすがエリオットお勧め。どれもオイシイワー」 ところどころ片言になっていることに気づかず、というか気にせずエリオットはにんじん料理について解説してくれる。要約すればにんじんは美味い、ということだったけど。私はそれにうんうん頷きながら、にんじんだらけにうんざりしながらにんじん料理を口へと運んでいく。 「・・・私には真似できないな。君の愛とかいう薄ら寒いものを尊敬しそうだ」 「そんな気色悪いものじゃないと知ってるくせによくいうよ、帽子屋」 「それ以外に何があるのか是非お聞きしたいものだ」 わかっていながらそんなことをいう帽子屋はいい趣味をしている。じろりとブラッドを睨みつつもいまだ続くエリオットのうんちくに笑顔で相槌をいれながら、呟いた。 「強いていうなら、愛玩動物?」 愛ではないと知っている |