死ぬほど恋焦がれています





の唄をうたう


 己の中で響く旋律に音をのせる。搾り出すのではなく、体の内から響かせるように、音を繋いでいく。私は楽器なのだ。音と成り、旋律を紡ぎ、一つの形を作る。私は楽器。体のうちで共鳴しあい、反響する音はどこまでも響いていくだろう。

「ほぅ、見事なものだな」

 ぱちぱちぱち、と当人にしては控えめな音が聞こえ、くるりと振り返った。そこには我らが女王であるビバルディと我が恋敵であるアリスがいる。ビバルディは感心しつつもやはり驚いているようで、しげしげと眺められた。それに笑みを返して、いまだに目を丸くして人を凝視するアリスに視線を移す。目が合えば体を揺らして、謝罪された。

「別に謝ることはないよ、アリス。ちょっと予想外だったけどね」
「何をいうのだ、。お前の歌声を拾ったのはアリスだぞ」

 にこり、と笑えばアリスはほっと胸を撫で下ろし、ビバルディは胡散臭そうに、それでも面白そうな視線を寄越す。気付いていなかったといえば嘘になるけど、アリスの驚きようには言葉通り予想外だったのだ。多少関心は示すかとは思ったが、あそこまで驚かれるとは。いまだに視線を逸らさないアリスに困ったように笑みを浮べる。

「我らがアリス、お気に召しませんでしたか?」
「い、いきなりかしこまらないでよ。別に、そういうわけじゃないし」
「んじゃなに?そんな熱烈な視線受けてたらどこかのウサギに殺されそうになっちゃう」

 冗談にならない冗談をアリスの顔を覗きこみながらいう。にこり、と笑って首を傾げて答えを促すと、大きくため息をついてなんでこの世界の人は・・・、なんていう言葉が聞こえてきた。いっておくがアリス、私はアリスと同じ余所者であるんだけどな。ただアリスよりは先輩なだけで。そう口を出すと話が進まないから黙ってアリスの言葉を待った。

「・・・その唄」
「さっきの唄がなに?」
「既存するものなの?」

 告げられた言葉に大きく目を見開き、驚いた。その反応にアリスも驚いたようで、目を丸くする。なるほど、そうくるのか。中々にアリスは聡い、というか、感受性が豊かなようだ。じっ、と見つめられる視線に居心地が悪いのか、アリスはふらふらと目を泳がせてビバルディに助けを求めていた。もちろん、そんな光景を眺めて優雅にお茶会を開催し始めたビバルディは手を振り面白そうにしているだけである。さすがは我らが女王。

「よく、わかったね。アリスの懸念通り、既存のものではないな」
「やっぱり・・・」
「何で気付いた?」
「え、あ、そうね・・・」

 理由を問うてみれば口元に指を添えて悩みだし、あぁでもないこうでもないと言葉を捜しているようだった。問いかけたもんだから放置するわけにもいかないし、何より何故気付いたのか一番気になっているのは自分である。大抵、誰に聞かれても唄よりは旋律のほうを褒められた。唄には誰も気付かず、見向きもしなかったのに、アリスだけが引っ掛かりを覚え、気付いた。誰にも気付かれなかったのに何故アリスにだけ気付かれたのか。気になって仕方ない。
 少し身長の低いアリスを見下ろしながら、辛抱強く待つ。アリスはまだ言葉を探しているようだったけど、眉を寄せながらも口を開いた。

「ただ、既存のものにしては、あなたに似合いすぎたというか、」
「"似合いすぎた"?」
「えぇ、なんていえばいいのか、わらないけど・・・、まるでのために存在するような、唄そのものにが存在しているような、そんな気がしたの」

 これは驚いた。呆気にとられて口が半開きになる。それに気付かず、アリスはいまだにうんうん唸るだけである。

「うーん・・・やっぱり良い言葉がみつからないわ。とにかく、これはの唄だと思ったから、ちょっと不思議に思ったんだけ、ど・・・、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。アリス、君はすごいね」

 間抜け面を晒していただろう自分を怪訝そうに見上げるアリスに、心底感心する。いや、本当、君はすごいよ。そこまで悟られるとは思っても見なかった。私の語彙が貧相すぎてすごいとしか連呼できないが、君はすごいよアリス。

「さっきのはね、私が作った唄なんだ」
が?」
「そう、あの方に恋焦がれて、何かをせずにはいられなかったから」

 昼間の青い空が誰よりも似合う、全てに関して正直で素直で素直じゃなくて、とても愛しいあの人。私の人生の全てをかけても想いを伝えたいと思ったあの人。あの方の手で殺されることを願い恋敵により生きながらえた私を隙あらば殺そうとするあの人。あの人のことを想い、焦がれ、私の世界を支配するあの人に当てた唄。
 頬を染めて笑みを浮べつつうっとりと、そう教えてあげればアリスはきつく眉を寄せて顔を険しくした。そんなことなど構いなどせず、ただ恍惚に想いを馳せる。

「あの人のために、あの方のために、私は存在する。あの方が私の死を願うというのなら別に構わない。ただ、それならばあの方の手にかかりたいから私は生きている」
「だから"私は     "?」
「そう、そうだよアリス」

 これ以上ないほどに破顔すれば、アリスの顔は歪んだ。狂っている、と呟かれた言葉には是と答えた。そう、私は狂っている。いつからなんていうのは愚問でしょう?

「私はこれでいいと思っているよ。だって、私はこんなにも幸せになれたんだから」

 愛しい愛しいエース様。どうかその手で私を殺めてください。私はそのために生きていましょう。あなたに殺される日を待ち焦がれ、日々あなたを想い過ごしましょう。あぁだからどうか、どうか。

「"どうか誰でもないあなたの手で逝かせてください"」



(2008/05/26/)




つものように問いかけは虚しく、


「何を想って生きているんだい?」

 そう問いかけられるが、至極私は平静なまま答えた。

「面倒」

 目の前にいる男は醜く口を歪め、笑みを形作る。無感情な己と歪んでいる男。滑稽な対面である。

「親。人間関係。人の腹の内。外出すること。話すこと。人と会うこと。食べること。動くこと。考えること。目を開けること。目を閉じること。生きること。死ぬこと。全てが面倒」
「そういう君は、なんで生きているんだい?」

 即座に答えた。

「死なないから」



(2008/05/27/)




穿て愛


 ぱちり、と目を開けばナイトメアの独壇場である夢の空間だった。これでもか、といわんばかりに盛大に顔を歪めさせる。

「そんなに私との逢瀬を嫌がらなくてもいいだろう」
「お前だからこそ嫌がんだよばぁーか」

 降ってくる言葉に視線をあげて、浮かんでいるナイトメアにため息をついた。もちろん眉間にはきつくしわが寄せられている。あぁどうせなら騎士長閣下にお目にかかりたかった。何故。なにゆえ。このような人の心を覗き見るような悪趣味を持つ芋虫と向き合わねばならないのか。甚だ疑問でならない。これならばメリー・ゴーランドとかいう阿呆のような名前を持つ遊園地のマスターのジャイアン的演奏や双子たちの罠にかけられたり三月ウサギの人参フルコース責めにあったほうがいくらかましというものだ。

「・・・そこまでいうかい?」
「そこまでいうさ」

 頬を引きつらせて問いかけてきたナイトメアに間髪いれず答えた。ついでに遮断しておけ、と睨みつける。そうするとさすがに落ち込んだのか、膝を抱えて隅に座り込んでしまった。毛布まで被りだすもんだから呆れてものが言えなくなる。おいおいおいおいいくらなんでも子供過ぎないか。冗談は病院になんかいけない!とかいう発言だけに留めておけよ。付き合いきれないったらないぞこいつは。

「相変わらず君は酷いね・・・」
「遮断しろっつったろうが」
「なっ、殴ることないだろう!」
「あぁ、悪い、丁度良い位置に頭があるもんだからつい」
「満面の笑みでいうことないんじゃないのか?!」
「はっはっは。何を言う夢魔よ、いま笑わずにいつ笑うというのだ」
「実に胡散臭いぞ」
「わざとしてんだよ」
「はぁ・・・君はこういうときだけ生き生きとするな・・・」
「そんなことないっての」
「そんなに弱いものいじめして楽しいかい?」
「楽しい」

 やはり笑顔で即答すればナイトメアはうな垂れた。

「意趣返しのつもりだったみたいけど、残念だね」
「君は本当、底意地が悪い。悪すぎるぞ」
「はっは、なんとでもいうがいいよ。大体さ、ナイトメアは弱い者ではないだろ?」

 当てはまらねぇよ、とナイトメアの背中を椅子代わりにして腰を落ち着ける。いろんな色がぐにゃりぐにゃりと混ざり合っているようで混ざらず、個々の存在感を殺さず生かさず、という奇妙な空間を眺めた。騎士長閣下はいま、なにをなさっているだろう。きっといろんなことを否定しながら、ただ唯一であるアリスのことを想いながら旅という名の迷子にでもなっているのだろう。あぁ騎士長閣下。私が唯一と決めた方。私に唯一を教えてくださった方。私を見て欲しいなどとは思わない。ただ、ただ、願うのは貴方の手で。

「・・・私は君のそういうところがすきだよ」
「は?ナイトメアはこんなことがすきなわけ?」
「こ、こら!体重を乗せるな!そういうことをいっているんじゃない!」
「へぇ、あっそ。まぁなんでもいいよ」

 ぐい、と上を見上げる。空は見えない。あの方の片鱗がみえない。恋しい。

「興味も関係もないしね」



(2008/05/30/)




遠は存在しえず、故に誓うのだろう


 永遠の愛を誓う。これは結婚式だったかでの口上だったはずだ。聞くたびにいつも思うが、永遠なんてそんなもの、存在しえないだろう。人の心というものは移ろうもので、一つのものをずっと長く、長く想い続けることなど不可能だ。だってそうじゃないか。永遠の愛を誓っておきながら、貴方の全てを受け入れるといいながら、己の意識に反することを認識すれば反発するのだ。燃え上がった火はいつか必ず消沈するように、消え失せないものなどない。だから永遠など、存在すらしないのだ。

「そうね、私はそこまで刹那的ではないけれど、少なくとも同意することはできるわ」
「それはありがとう、アリス。でもね、知ってるか?」
「なにを?」
「刹那的だからこそ、永遠の愛を誓えるということを」

 永遠を全否定した口で永遠を語る彼女は一体何を知り何を見何を得たのか。

「瞬く時間だからこそ、永遠が存在するんだよ」



(2008/05/31/)




いてきた存在について?


 いきなり変なことを聞かれた。なんだって?ホワイ?ワンモアプリーズ。

「だからさ、あんたは余所者なんだろ?」
「今更のことなんだけど。ボリス、あんた判別できるんじゃなかったのか?」
「それはいま置いといてよ。アリスがさ、帰りたがってるから」


 あぁ、なるほど。読めたぞ。半眼にして胡乱気に視線を寄越せば、ボリスはそういうこと、と肯定した。

「それでその質問か」
「そうそう。教えてよ。"置いてきた存在ってそんなに大切?"」

 遊園地に訪れて真っ先にボリスの部屋へと連れ込まれたかと思えばそんなくだらないことを聞くためだったのか。呆れて開いた口が塞がらないとはこのことだ。入れてくれた紅茶をすすりながら、大人しく返答を待っているボリスをどうしたもんだかと思考を巡らせる。ここは普通に答えるべきだろうが、あぁ、もう、面倒なことになった。

「別に。切り捨てたものだし元々私には必要ないものばかりだったから執着なんてないね」
「アリスと違う」
「あ・た・り・ま・え。アリスのいうことは世間一般的に普通だよ。私が特殊なだけ」
「ふーん・・・」
「だから答えを期待するだけ無駄だね」

 拗ねたように、でも興味なさ気なボリスを横目で眺める。足をぶらぶらさせて可愛いやつめ。聞いといてそれかよ。視線をもとに戻して口からカップを放した。

「アリスに残って貰いたきゃ、私みたいに執着できるものを与えるんだな」
「例えば?」
「私にとっての騎士長閣下みたいなのを」
「・・・他の野郎に渡すのはつまらないな」

 可愛いらしい独占欲だ。微笑して隣に移動し、肩に頭を置くボリスをなでた。あぁ可愛い。

「それならお前がなればいいだろ」
「当然」



(2008/05/31/)