背中には柔らかいシーツの感触。視界はあの小憎らしくも愛しい爽やかにみせかけた笑みが占領していて、その後ろには見慣れたようなそうでもないような自室の天井がみえた。客室なんてどこも同じような作りであるし、大差ないのだ。天井くらい。数時間帯前の部屋も確かこのような天井であったし。
 この部屋には少し前に移ってきた。ペーターに追われているとかいうアリスと部屋を交換したのも少し前。そうここは元々アリスの部屋だった。非常に胡散臭い爽やかな笑みで自分を組み敷いている人の想い人。その部屋にペーターが来て出て行って、この人がたまたま訪ねてきて、なんの因果だ。

「あれ?君さ、こういうの求めてたんじゃないの?」

 その眉間のしわとか歪んだ顔とか結構傷つくんだけどなー、なんてほざくエースにきつく睨む。頬を撫でる手も叩き落としたいところではあるがこの人に惚れて惚れ抜いている自分がそんなことできるはずもなく、それをわかっていて笑んでいるこの人もこの人だと思った。

「そりゃ恋する乙女っていっても夢は見てませんからね、触りたいとかこういう関係になりたいとか思いましたよ」
「うわー、君っては見かけによらず大胆だったんだな。淡白なほうかと思ってたぜ」
「ご冗談を」

 吐き捨てれば可笑しそうに笑う。こっちは笑えるほど余裕がないというのにどこまで憎たらしい人だ。でも愛しい。愛しい。愛しい。だからこそ許せない。だからこそこの状態が許せない。手袋が外された手が首を伝い鎖骨に至り、なぞられる。もともと恋愛経験値などマイナスなくらいの自分は酷く反応してしまって、笑みを貼り付けたエースを苦し紛れに睨み続けることしかできなかった。

「そんなに嫌そうな顔してるのに、拒まないんだ?」
「・・・酷なことをいいますね、私があなたを拒絶することなんてないと知っているくせに」
「いいや?そんなこと初めて知ったぜ。そっか、君は俺に逆らわないのか」

 いま初めて知ったとばかりに目を丸くするエースの大根役者ぶりは見事だ。隠すつもりもないと堂々と宣言しているように見えても仕方がないくらいにわざとらしい。いけしゃあしゃあとこの男は。内心舌打ちしたが外されていくぼたんも外気に晒される肌の寒さもなんだかどうでもよくなってきた。あぁなんて馬鹿馬鹿しい。

「やめてくださいよ」
「ん?なにを?」
「いまやっている行動を。退いてくださいってことです」
「なんだよー、君が俺としたかったことをしてあげるっていうのに喜んでくれないんだ?」
「誰が。嫌悪こそすれど喜びなんかしません。寒い」
「もう少ししたら暖かくなるぜ」

 あぁ本当に憎たらしい。愛しい。憎たらしい。愛しい。愛しい。愛しい。愛しい。

「嫌ですよ、誰かさんに重ねられて抱かれるのは」

 ぴくり、と肌を撫でる手が止まり首に押し付けられていた唇がかすかに動いた感触がした。窓からさす光は燃えるような陽光から月明かりへと変わり、部屋の中は薄暗くなる。月の光だけが明るくて部屋の中を照らしていた。

「・・・へぇ、俺ってそんなに酷い男だと思われてるんだ」
「あなたが酷くないことなんてありましたか?」
「あっははは!俺は騎士だぜ?いつだって優しいさ」
「それはあの子限定でしょうが」

 軽く音を立てて首に口付けて頭を持ち上げたエースの顔に笑みはなかった。顔の横に肘をつかれてひどく近い顔を真っ直ぐに見返す。逸らしてはいけない。逸らせない。吐息がこそばゆい。近い。でも遠い。あぁ馬鹿馬鹿しいのは自分とて同じことだ。

「・・・別にそんなつもりはなかったんだけどさ、どうしても捉まらないんだよ」
「そうですね。私も、捉まえられないんです」
「もどかしいんだ」
「そうですね」

 するりと抜けていくような、そんな感触。アリスは、あの子は確実にエースではない人に気持ちがむかっているけど彼女は皆がすきで、だからこそ希望を持ってしまう。まだ選んでいないならこそ期待してしまう。そんな想いを持たせるのならばいっそ切り捨ててくれればいいのになんて思うけど、彼女は優しいからそんなことはしないんだろう。優しいというのに残酷なことだ。それでも憎めないのは彼女が余所者だからか、気に入ってしまっているからか。なんて滑稽な。
 最初から希望も望みもないものと、淡い期待ができてしまうものと、どちらが悲惨なことなんだろう。

「俺はアリスがすきなんだ」

 なにもかもオープンな彼に相応しい一言で真実。私にとっての死刑宣告。まるでかみ合っていない現状と想い。自分にとって泣きたい現実でも、それを拒絶することなんてできやしないのだ。惚れた弱みか。惚れたことが弱みか。余所者だからといって重ねられてはたまらないというのに、許せないというのに。
 奪われてしまっているから抵抗する気も起きない。なによりもエースのことだけを想っているから知っている。

「知ってるし、そんなこと」

 あなたのハートが既に奪われていることくらい知っている。







この想いが届かないことも知っている




(2007/08/30/)
ペタアリ←エース←補佐官。エースが揺れていることに気づいてないお話。