いつもどおりの時間。いつもどおりの仕事。いつもどおりの女王。いつもどおりに戯れる余所者と宰相。いつもどおりの机。いつもどおりの書類の量。いつもどおりの。 「・・・」 「・・・どうした、」 頬杖を付いてぼんやりとじゃれあう宰相と余所者を眺めていたら横からそんな突っ込みが入った。視線をビバルディに移動させれば面倒そうにペンを走らせている。その後方でビバルディの机に鎮座している書類の十数倍の量を捌こうとしている王もみえて、そのくらい嘘でもいいから面倒そうにしなくてもいいのに、と思った。下手したらその量でさえサボろうとするのだから目が離せない。はぁ、とため息をついて若干イラついて返事を待っているビバルディから目を逸らし、もう一度宰相と余所者へと視線を移動させた。いつの間にかそこに放蕩騎士が混ざっていて、剣呑な雰囲気を撒き散らしている。 「別に、なんでもない」 「ほぅ、このわらわに嘘を申すというのだな」 「いや、嘘じゃないし」 「ならばその態度と目、どう説明するのか楽しみだ」 口角をあげて笑うビバルディに眉を寄せじと目で睨みつける。いい度胸だ、と目は語っているけど面白がっている色が消えないからお得意の口癖はでないだろう。再度ため息をついて隠し事はやっぱり無理だなぁ、と余所者取り合い合戦になっている箇所をみつめた。アリスと目があって助けを求められるけどにっこり笑って手だけを振ってやる。大概自分も酷い奴だ。 「原因は察しがつくがな」 「なら聞くなよ」 「可愛い子と遊びたいと思うのは仕方ないことだろう?」 「どエス」 役なしには到底いえないような類のことを堂々と吐き捨てた。これで首を刎ねよとかいわれても"私"を求め許したのはビバルディ本人であるのだからその言葉はお門違いもいいところである。だからビバルディは許容するし自分は"自分"を曝け出しているわけだ。むしろ前に戻ったらそれこそ本気で首を刎ねられる。 視線はずらさずに自然と固定された。目に痛い赤いコート。青空が見えそうな笑み。 「・・・私がしてきたことを考えればわかることなんだけどさぁ」 笑顔で黒い言葉の応酬をする二人。間に挟まれて青くなっているアリス。心底嫌そうに顔を歪めたペーター。いつもと変わらない胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる、エース。その笑みと目はアリスと対峙したときだけ変わることを知っている。彼の報われない想い、ということも知っている。それでも彼は追いかけるのだ。まだアリスは、選んでいないから。誰を選ぶかはわかっているし気づいているけど選んでいないから。追いかける。その突き進む彼の前には自分がいない、存在しないことも知っている。痛いくらいに理解している。 「悲しむ権利も存在すらしない」 わかっていたはずだ。わかっているはずだ。この想いを口にしてしまったときから。この想いを追いかけ続けようと決めたときから。アリスに惹かれている彼をみたときから、わかっていたはずだ。彼の目に自分が映ることはない。彼の内に自分が入り込むこともない。彼の意識が自分にむくこともない。彼にとってアリス以外の人はなにも意味をもたないのだ。興味もわかない。存在するだけ。自分以外の何か。人。アリスだけが特別。アリスだけを求める。アリスだけが傍にいることを許される。アリスだけが傍にいて欲しい人。アリスだけが。アリスだけが。アリスだけが。 「そのような顔をするでない」 肩に腕を回され、引き寄せられる。ぽすん、とビバルディの胸に収まり抱きしめられた。きつくない程度に香るバラの匂いが鼻腔をくすぐり帽子屋も同じような匂いを纏わせていたことを思いだした。 視線の先は、まだあの三人。外すことができない。ビバルディも無理に遮るようなことをしなかった。 「お前にこのような想いをさせるあやつは極刑じゃな」 「ははっ、やめてよ、ビバルディがいうと冗談に聞こえない」 「本気だからな。お前の悲しむようなことをするつもりがないから実行に移せないのが残念だ」 ぐっ、と唇を噛んだ。 「ねぇ、悲しいとはいわない。でも、これはいいよね」 「・・・なんだ?」 「・・・・・・、淋しい」
悲しいとは言わないけれど、淋しいとは言わせて欲しい。
アリスがキレたことにより騒ぎが収まりこちらの様子に気づいたらしい上司と余所者ににっこり笑ったけど幼い子供が親にするかのようにビバルディしがみついていったから知らない。 自分だけが気づかなかったエースを、知らない。 「・・・ちょっとビバルディ、苦しい」 「あぁ、すまんな。少し面白いものをみつけたのだよ」 「へぇ・・・?」 (2007/08/31/) |