目を開ければまっすぐに振り下ろされる杖が見えたから咄嗟にずれることで避けた。ごてごてとした装飾にちりばめられた赤、それは見事なものであるしきれいだがあんなもので殴られては頭蓋骨骨折もいいところだ。死んでも可笑しくはない。 「なんだ、避けおったか。つまらん」 「・・・さすがは我らが女王様。寝ている人に闇討ちですか、いいご趣味を」 「せめて夜這い、といって欲しいところだが」 「夜這いとはいつ撲殺まがいのことになったのですか」 ひくり、と引きつった笑みを浮かべながら横目で眺めていた杖は埋まっていた枕から引き抜かれ、あるべき場所へと戻る。ぱしん、と小気味のいい音をたてて杖を手のひらに叩きつけたビバルディは面白くなさそうにベッド脇にたたずんでいた。 「ほぅ・・・、お前、久しぶりだな」 「久しぶりですかね」 「あぁ、久しぶりだとも。お前とは随分前に一度会っただけだ」 ため息をつきながらも上体をおこせば面白そうにそういわれた。さっきまで仏頂面もいいところだったのに、いまはもう新しい玩具を手に入れたかのように笑っている。・・・いや、この場合私となるのか、玩具は。それは勘弁願いたいなぁ、と白けたように頭をがりがりかいた。 「そうでしたっけ。私は毎日のように顔を合わせていたと思うんですけど」 「この間までの"お前"といまの"お前"は違うだろう?」 「私は私ですけど?」 「お前はお前でも違うというておるのがわからんのか」 若干苛立ちを含んだ声色ではあったが雰囲気はとげとげしくなく、笑んでいるために上機嫌だとわかる。なにがそんなに嬉しいのかいまいちわからないが、まぁ勤め始めた頃には散々お前は引っ込んでろだのあいつをだせだのうるさかったし念願叶ったり、というところなのだろう。作りはしていたが引っ込めとは酷くないか、なんて当時はよく思ったものだ。誰がさらけ出すか、なんて同じようによく思ったし苛立っていたし、こんなことになるなんて考えすらもしなかった。 人生とはよくわからないものだ。 「あーはいはい、その節はどうもすみませんでした。"これ"が"私"です」 「あぁ、やっと認めたか。お前が居ない間退屈で仕方なかったぞ」 「この"私"が女王にお会いしたのは時間にしてほんの数秒だったと記憶してるんですが?」 「なに、お前が気づく前からみていたというだけじゃ」 「それはまた・・・気づきませんでしたね」 だからか。あんなにも素の私に執着されたのは。顔を合わせた数秒後にはきちんと貼り付けていた自信があったのに何故こんなにもはっきりと違うと断言し、曝け出せと迫られたのかと不思議だったのだ。お得意の口癖をだすことすらしないくらいに執着して、いや、一度だけ言われたか。即構いませんと返したが。 ベッドの上で胡坐をかき、なるほどなぁと頬杖をついて納得顔の自分をビバルディは面白そうに笑ってみている。いつものヒステリックな彼女とは思えないくらいの笑顔だ。それほどに嬉しいということなんだろうけど、自分の素にそこまでの価値があるとは思えない。この世界はどこまでも不可解だ。 「それはそうと女王、」 「ビバルディ」 「はい?」 「これからお前もビバルディとお呼び。敬語もいらぬ」 「いやしかしですね、」 「このわらわがいいというておるのだ。大人しく従っておかねば首を刎ねてしまうぞ?」 びっ、と風を切る音がし、すぐ目の前にあの豪奢な杖が突きつけられた。ビバルディは至極楽しそうに口角をあげて笑う。しかもお得意の口癖。いまなら通じるだろうという的確な判断に恐れ入る。呆れたようにため息をついて肩をすくめればそれを了承と取ったらしくにっこり可愛らしく笑って杖を引いた。 「こんな有能な部下の首を刎ねるなんてしないでしょ、ビバルディは」 「ふふ、わらわが退屈ならするかもしれぬぞ?」 「そんときゃ目ぇいっぱい反抗するからよろしくー」 「それはそれで面白そうではあるな」 思案顔でそういうビバルディに呆れたようなため息しか返せなかった。それすらも楽しいといわんばかりに笑うビバルディの滅多にない上機嫌さに若干引いてしまう。それほどの彼女は普段からヒステリックなのだけど、一体どうしたというのか今日は。私のことだけでこんなに機嫌よくなるわけがないし、なにかほかにいいことがあったのか。王絡みで。そういえばあの王様は酷い人だった。 「ところでビバルディ」 「なんじゃ?」 「着替えたいから先に執務室にでもいっててもらえない?」 「そんなことでわらわを追い出すというのか」 「いや、そんなことで終わらせられるようなものでもないし」 さすがに着替えはみられたくないというか、むしろどっちでもいけるビバルディの前ではいろいろ触られそうだから着替えたくないというか。いやだわらわはここで待っているといって聞かないビバルディに、今日何度目になるかわからないため息をついてじゃあ絶対いすに座っていてよ、と念押ししてからクローゼットを開いた。 「・・・のう、、」 「開拓してみないか、なんていうはずないよね、ビバルディは」 「・・・あぁ、もちろんだとも」 □ 痛いほどに視線が突き刺さる中、さっさと仕事服に着替えてビバルディと一緒に部屋を後にした。なにやらべったりされながらで歩きにくかったりしたが、ここで断ろうものなら面倒なことになること請け合いであるし彼女の口癖もでそうだから許容して、いつもながらにファンシーなハートの廊下を歩く。聞くところに寄れば執務は放置してきたらしい。遊ぼうというビバルディに仕事しましょうねと切り捨て、憮然とした表情を浮かべて嫌がるビバルディをどうにかして連行しようとするがお前が一緒ならやる、とか言い出したために困った。私は補佐官であり宰相と同じような権限を与えられているといっても女王と並んで仕事するほどのものでもない。渋る私にビバルディが勅命だとか女王命令だとかいいだして今度は私が女王の執務室に連行されていて、相変わらずなんだとため息をついても仕方ないことだろう。放置しないというのなら一緒に執務くらいこなしてみせる。 別に私は仕事がすきでないしむしろさぼりたいぐらいだ。外にでかけたりして遊びたいし城に缶詰なんてしていたくない。しかし一番偉い方や二番目に偉い方、主力となる放蕩騎士が仕事を放置するために王様や私に全てまわってくるのだ。さぼりたくても王様一人でこなすにはいつか過労で倒れてしまうだろうというくらいの量であるから放置できない。私まで放置しては確実に倒れてしまう。一度倒れてしまえとは思っているがビバルディがきっと内心で取り乱してしまうからやはり放置できない。あぁ私ってなんて世話好きなお人よし。なんて気取ってみるも気持ち悪いからやめた。 「あ、」 「もう目が覚めたんですか。永遠に眠っていてくださっていてもよかったのに」 執務室に続く廊下で我が城の宰相さまと、その宰相さまが懸想する余所者と鉢合わせた。アリスが一言もらしたことで私たちに気づいたらしいペーターは顔を歪めて相変わらずの丸出しである嫌悪をぶつけてくる。アリスが注意するもあの立派な耳には届いていないらしく、なにやら反吐がでそうな台詞を連発していた。アリスが顔を歪めて気色が悪いといわんばかりに抱きつこうとしているペーターを殴る。このやり取りも相変わらずだなぁ、とぼんやり思った。なにかに目覚めそうなペーターを放置してアリスが足早に近づいてくる。私にべったりとくっついているビバルディを不思議そうに一瞥したがとりあえずは保留にするらしい。 「!あなたすごい怪我してたじゃない。もう大丈夫なの?」 「えぇ、まぁ。助けてくださったのは貴方様なんですよね。その節はいらない世話をどうも」 にっこりと微笑んでそういえばアリスは目を丸くしてあたりを見回す。ペーターも驚いたようで血を拭いながら目を丸くして同じようにあたりを見回していた。少し可愛かったとかそんなことは口が裂けてもいいたくない。 「どうしましたか?アリスに宰相閣下。なにかお探しのものでも?」 「いや、ちょっとを・・・」 「なにふざけたことをいっておる。ここにおるではないか」 「えぇそうね。私の目は正常だからちゃんとみえてるわ。でも、あなた、本当に""なの?」 「それ以外に誰に見えますか?」 またにっこり笑えば眉間にしわを寄せて見上げてくる。後ろにいるペーターも怪訝そうにみつめてくるばかりで、決定打を切り込まない。まだ迷っているのか。仕方のない人たちだ。困ったようにため息をついた。 「・・・私の知っているはいつも仏頂面で不機嫌そうで必要最低限しか話さない人よ」 「そうですか。まぁ仕方ないのですけどね、そう思われていても」 「・・・どういうことかしら?」 「どうもこうもアリス、やっと正体を現したってことですよ」 ペーターは興味なさげに私を睨みつける。さすが宰相気づいていましたか、と感心すれば我らが女王の口ぶりとあなたをみればわかることです、と吐き捨てられる。酷いいわれ様だと笑えばべったりくっついていたビバルディがのしかかり、この子を殺してはならんぞ女王命令だ、と先手を打った。これで身の安全は確保されたといってもいいが、ビバルディ、悪いけど重い。 「・・・つまり、あの存在感がなかったの中身が笑顔で嫌味をいうような人なのね?」 「滅多にそんなことはしないけど、正解ー。飴玉あげるよ」 「え、あ、ありがとう」 ポケットからだした飴を手渡して、自分も一つ口に含む。食べ方がわからないらしいアリスに口に含んで舐めるんだよ、と教えてあげてずるいずるいと連呼するビバルディにも手渡した。ペーターにだけあげないのはいじめているようでいやだし、アリスを介して食べさせる。もとは嫌いな人のものだったのにアリスがあげると食べるのだから、面白い人(ウサギ?)だ。 「・・・レモン味」 「嫌いだったかな?」 「いいえ、私、レモンはすきよ」 「そっか」 ころころ飴玉を転がしてアリスの頭をなでる。アリスは年のわりに妙に冷めているけどなかなかに可愛い子だ。 「あぁ、でも、別に助けてくれなくてもよかったのに」 ふともらした言葉にアリスは目を丸くする。聞き間違いかなにかだと言い聞かせていたらしいアリスの気持ちを抉る。にっこり笑って突きつける。 「・・・どうして?」 「どうしてって、君がそれを聞くの?私が聞きたいくらいだね。どうして助けたりなんかしたんだ?」 「・・・普通、死にそうな人がいたら助けるわよ」 「その人が死を望んでいたとしても?」 「、あなた、自殺志願者だったの?」 「まさか!あの方に殺されたかっただけだって!」 爆笑する私に対してアリスは少しずつ青ざめていく。信じられない、と表情が目が物語っている。目じりに滲む涙をふき取って、口を挟もうとしたペーターを制した。ビバルディは面白そうに成り行きを見守っているが聞き捨てならない言葉があったらしくびくり、と反応する。(十中八九あの方に殺されたかったの部分だろうけど) 私は依然、にやにや笑ったままアリスと対峙する。 「私は死ぬならあの方に殺されたかったんだよ。それが最高に幸せでもあるからさ」 「・・・それ、幸せだといえるの?」 「いえるよ?だってすきな人に想いを伝えてすきな人にきれいに殺されてすきな人に最期を看取られて。これ以上に幸せなことってあるわけ?この世界に」 「・・・あなた、随分と狂っているのね。余所者ではないみたい」 「私は確かに余所者だよ。ただ、誰からも好感がもたれるような余所者じゃない。それだけ」 「余所者は少なからず好感をもたれるものではないの?」 「普通ならね。私は私でその立場を投げ捨てて確固たる立場を作ったんだよ」 お嬢さん。とにこりを笑う。アリスは無言で、ただ私を見つめるだけだった。 「あぁ、でも、いらないお世話だったとはいえ助けてもらって感謝しているよ。もう一度あの方をみることができるんだからね」
気狂いピエロ
(2007/08/12/) |